観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 野田首相の選挙演説
2012年12月16日 (日) | 編集 |
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 今日(正確には昨日)の午後4時10、自由が丘の駅前のロータリーで野田首相の選挙演説を聞いた。仕事をしようとパソコンの前に座り、昨日取材で撮った写真を編集していたら、突然親友のYさんから電話がきて、「手塚よしお議員の応援演説を野田首相が自由が丘でやるから、一緒に行かない?」と言うのだ。

 私もYさんも世田谷区民で東京5区。つまり手塚議員の選挙区に住んでいる。手塚よしおさんは20年間、自由が丘の駅前で街頭演説をやっており、数日前にもご本人からパンフレットを手渡されたばかりで、周辺住民には顔なじみだ。というわけで、ミーハーな、そして実は「野田ファン」であったりする私は、仕事をほっぽりだして、首相の演説を拝聴したのであった。

 10分位まえに行けば前の方に行けるかと思ったが、政治に対する関心の高さか、あるいは一国の首相の姿を生で見たいという人が多いのか、ロータリーは人で埋め尽くされていた。野田首相の到着する前には蓮舫議員も登場して愛想を振りまいていたので、その影響もあったのかもしれない。

 肝心の演説だが、蓮舫議員が事業仕分けなど民主党3年間の成果をやや枯れてきた声を張り上げて訴えた後に登場した真打の野田首相、さすがに論旨が明快で上手かった。冒頭こそ「おまえら3年間なにやってたんだよ~」というようなヤジが飛んだが、すぐに静かになった。

 やはり強調していたのは自民党との違いだ。お金を刷ってインフレになっても、給料が減れば生活が苦しくなるだけ。20年間公共事業にバラまきを続けてきて日本が再生しないので、さらにその何倍も公共事業をやろうという古い政治へ逆戻りしていいのか、というものだった。

 教師である友人が最も印象に残ったと言ったののは、高校の無償化で中退者が減り、親が貧困なら子供も貧困という負の連鎖を断ち切る道が開けたというくだりだった。昔は親の所得が多少低くとも、子供は東大や国立大に行って、一流企業に就職することが普通にできた国だったのに、それがずいぶん難しい国になってしまった。「日本がアメリカみたいに所得格差の大きな資本主義国になって欲しくない」というのが、アメリカを知る私たち共通の願いだ。

 鳩山元首相の沖縄に対する無責任な発言は本当に許しがたいし、マニュフェストがあてにならないことを国民に知らしめた民主党の罪は重いが、だからといって、原発を推進し、借金を増やし続けた自民党に戻っても、顔ぶれは同じ議員なのだから、どうなるものでもない気もする。なんて気の重い選挙だろう。

 健康と同じで20年かけて病気になったものは、体質を変えて上向くまでに悪くなったのと同じくらい時間がかかるのだ。まして日本は急激に高齢化していて、医療や福祉に膨大なお金がかかる。新しい産業を興し、少数精鋭で効率よく稼ぎ、高齢者も身体が動くかぎり生涯働いて、オール日本で地道に努力して、ようやくほのかに光が見えてくるというのが、現実的な展望ではないだろうか。

 工務店取材などもやっている私は、建築業界に関わる人たちが安倍さんの政策に期待しているのを知っている。お札を刷れば、絶対に景気がよくなると言っている人もいた。しかし、それって国が消費者金融に借金するのと、根本的に違うところがあるんだろうか? 無知な私が理解できないだけないのか。それよりなにより、怖いのは、憲法改正・軍備増強で、気が付いたら戦争へ一歩踏み出すことだ。

 歴史を顧みれば、経済が悪くなると、ヒットラーのようなカリスマ性のあるリーダーが登場し、愛国心をあおって気分を高揚させ、強気になって戦争に突っ走っていくというのがお決まりのパターンだ。しかし、学んで行動を正さずして、何のための歴史だろうか。現実の味は苦く、夢は描きがたいけれど、私はやはり「現実」を語る政治家に一票を投じたいと思う。


 誕生日の花
2012年07月24日 (火) | 編集 |

誕生日の花
誕生日の花2

 なんと、今日は誕生日である。もし私が「セックス・アンド・ザ・シティ」のキャリーなら、“キラキラ輝くために”夫の手作りのディナーとか、素敵なレストランで食事などしているところだが、生憎、今日は某若手IT企業の代表の取材が夜に入り、夕食は宝塚劇場前のカフェで一人健康的なワンプレートディナーを食したのであった。

 「ああ、なんて寂しい!」と思われるかもしれないが、目の前は愛する宝塚劇場、そして公演しているのはお気に入りの紅ゆずるさんの所属する星組である。ちょうど休憩時間で2階のテレビに映る練習風景やら、ロビーで買い物するヅカファンの姿を目に入る。妄想狂の私は「こんな日に劇場前にいるなんて、やはり運命かしら?(って、意味不明)」などと思いながら、「ダンサ セレナータ」のホアキンの演技を反芻するのであった。

 家に戻ったら、さすがに何もしないとマズいと思ったのか、夫が買ってきた花がダイニングテーブルの上にあった。近所の花屋なのにラッピングが上手で、青山フラワーマーケットにそっくりの模様の紙を使っている。それで、3年前の夏に入院していた兄のもとに花を持っていったことを思い出した。私は今日、同じ病気をもちながら、その兄の年を「元気に」越えた。

 よくオマケの人生というけれど、私の人生もオマケの領域に入ったのかもしれない。それなら、もうちょっとちゃんとした仕事をしなければ・・・。

 「おまえも何か書けよ」という兄の言葉が今でも耳に残っている。

 なんでもいいのではなく、自分にしか書けないものを書けという意味なのだろう、きっと。

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