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 高麗神社は“出世明神”
2012年08月27日 (月) | 編集 |
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 昨日は“出世明神”として知られる埼玉県日高市の高麗神社を訪れた。実はこの神社、私たち夫婦のお気に入りの場所でもう10回以上も参拝している。最初に訪れた時、夫は足が痛くてひきずっていたのに、帰る時にはすっかり治っていたという出来事があり、夫にとって最も「気の合う」神社なのだ。以来、2~3ヵ月に1度は東京から1時間半かけて通っている。

 駐車場に着くと、まず目に入るのが、冒頭の写真にある「天下大将軍・地下女将軍」ある男女の標が対になった「将軍標(チャングンピョ)」である。これは魔除けの意味があるのだとか。

 高麗神社は666年、奈良時代に高句麗から渡来した高麗王若光(こまこきしじゃっこう)を祀る社で、平成28年に1300年を迎える古社である。高句麗は紀元前から中国北東部から朝鮮半島北部を領有し約700年間君臨した王朝だが、666年に若光が渡来したとき、唐と新羅の連合軍に攻められようとしており、王族だった若光はおそらく日本に援軍を求めて派遣されたのだと思われる。

 ところが高句麗は667年に滅亡してしまい、若光とその家来は帰る国を失ってしまった。当時、朝鮮半島の進んだ技術や知識を伝えてくれる渡来人は貴重な存在だったため、若光は「王(こぎし)」の姓と官位を朝廷から授かり、しばらく大和朝廷に仕えた後、716年に東国7国に住む朝鮮人1799名と共に武蔵国に移住し、初代の郡長として未開の地の開墾に尽くし、この地で生涯を終えた。高麗神社はその若光の子孫が代々受け継ぎ、現在の宮司高麗文康氏は60代目になるという。

 夫曰く、今日まで高麗神社と高麗郡が守られてきたのは、草深いこの一帯は朝鮮系の方々のコロニーになっていて、日本人は立ち入ることがなかったからではないかと言う。若光が高麗の地を選んだのは、朝鮮の風水で日本のへそにあたる最もよい場所だからだそうだが、京都や奈良の近くにいたら、政争や戦乱に巻き込まれて、きっと高麗郡は離散していただろう。

 若光の子孫は500有余年、高句麗人の後裔である一族とその重臣とのみ縁組してきた。鎌倉時代に深い子細があって源頼朝の縁者である僧全成暁の娘を室に迎え、御家人になったそうだが、「高句麗の血」を守り抜く並々ならぬ執念があったことは間違いない。

 出世明神と言われるようになったのは比較的最近のことで、神社の看板によれば、「水野錬太郎氏、若槻禮次郎氏・浜口雄幸氏、斉藤実氏・鳩山一郎氏等の著名な政治家が参拝し、その後相次いで総理大臣に就任したことから、出世開運の神として信仰されるようになった。近年では、政界・官界・財界を初め、各界人士の参拝が相次ぎ、特に法曹界では石田和外氏が最高裁判所長官、吉永祐介・北島啓介両氏が検事総長に任命された」ということだ。

 鳥居をくぐると、その左奥にある手水舎でいつも身を清めるのだが、ここの龍の水口は極真空手の創始者・大山倍達氏の奉納によるものだと木の札に書いてる。

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 参道を歩いて辿り着く本殿は質実剛健といった趣だ。右側に「高麗王」という日高市にある長澤酒造のお酒が献上されている。

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お参りした後、今までなぜか買ったことのない「出世開運」のお守りを求め、将軍漂の絵馬に願い事を書きいれて下げてきた。

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 高麗神社は皇族との縁も深く、現皇太子までたくさんの方が訪問されているが、李王妃方子女王のお手植えの木が大木となっているのを見ると、感慨深い。

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 政略結婚で朝鮮王朝高宗国王の第7王子李垠と結婚された方子女王だが、その長男「晉(チン=しん)」が8ヵ月で亡くなったのは、血を貴ぶ朝鮮王朝に日本人の血が入るのを嫌って毒殺されたという説がある。晩年は韓国人として排日感情の強い韓国で障害児の福祉に尽力し、韓国で死去された方子女王。今の竹島・独島問題をご覧になったら、何と言われるだろうか。

 高麗神社には最近独島へ水泳リレーで渡って話題になった韓国の俳優ソン イルグク氏も参拝したようだ。彼をスターダムに押し上げたのはドラマ『朱蒙』だが、朱蒙は神話伝承で高句麗初代王とされる人物なのだから、高麗神社とは縁が深い。まあ、政治家の母や祖父を持ち、外曾祖父は独立運動家の金佐鎮(キム・ジュァジン)将軍、妻は判事というバックグラウンドを考えれば、日本でお金は稼げなくても、「抗日」の闘士になった方がメリットが大きいのだから、仕方ないかという気もしないではない。

 ちなみに、私が夢中になった『善徳女王』は新羅の話で、三韓統一の夢を抱き、唐と結んで高麗を滅ぼしたのが善徳女王の甥の金春秋(キム チュンチュ・武烈王)と重臣の金庾信(キム ユシン)である。さらに、ドラマ『幻の王女チャミョンゴ』は高句麗の王子と高句麗・大武神王の王子ホドンと、高句麗に滅ぼされた楽浪国の王女の説話をモチーフにした物語であった。

 歴史ドラマを見ていると、侵略する方とされる方、各々に事情があって、どちらの側に立つかで見方や正義そのものが変わってくるのがよくわかる。日本も若光のドラマでも作って、渡来人を大歓迎して受け入れた時代の日本を再現し、関わりの深さをアピールしてはどうだろうか。
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