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 『奇蹟の画家』 石井一男さんの人生に想うこと
2012年03月01日 (木) | 編集 |
 kiseki

大雪が降り、春めいた気候とともに3月がやってきた。ずっと更新をさぼってきたが、少し前に読み終わった本の感想をアップしてみたい。

 『奇蹟の画家』はテレビ「情熱大陸」でも紹介された孤高の画家・石井一男さんについてのノンフィクションだ。本書は石井さんだけでなく、著者である後藤正治氏の神戸との関わり(神戸夙川学院大学で教えはじめ、現在は学長)、神戸という町の文化的な来歴、石井さんを世に送り出したギャラリー島田を営む島田誠さんの人生や人柄、そして石井さんの絵を購入した人たち等々が多面的に描かれていて、人と人、人と絵の出会いの不思議さについて考えさせられる。

 特に興味深いのは、石井さんの絵が平均して10万前後のためか、購入しているのが絵画に縁のなかった「庶民」といえる人たちであることだ。ゴッホの絵は生涯に1枚しか売れなかったが、石井さんは自分の絵に癒された人たちの声を生きている間に聴くことができている。その意味で、石井さんがゴッホより幸運だったといえるだろうが、それはゴッホが弟テオに宛てた最後の手紙の最後の言葉「-----しかしきみはどうしようというのか----。」を自らに問いかけ、胸に刻んでゴッホが晩年を過ごしたパリ郊外のオーヴェールを旅したギャラリーオーナー島田誠さんとの出会いによって可能になったものだった。

 人は一人で生きているようで、やはり過去に生きてきた人々の想いの上に命を重ねていくのだと思わずにはいられない。

 『奇蹟の画家』を読んでいると、画家はなぜ絵を描くのだろうと思う。絵というのは、芸術の中でも庶民に一番縁遠い存在である。家が狭いという事情もあるが、本物の絵を求めて自宅に飾っている人は多くない。絵画が好きであっても、せいぜい展覧会に足を運び、ゴッホやセザンヌといった世界的に有名な画家の名作をガラス越しに眺めるくらいだ。

 アルバイトで生活を支えながら、創作1本で食べていきたいと願う画家の卵たち、あるいは夫とか身内とか、芸術に理解のある誰かの支援によって画家であることを許されている人たちは大勢いるが、彼らが何年かに一度開く個展に足を運ぶのは、大抵は身内か友人・知人のたぐいで、展示された絵のほとんどは、個展が終わると自宅に直行することになる。たとえ作品が売れたとしても、その絵はどこかの家の居間かなにかにずっと飾られることになるわけだが、画家が、たとえば命をかけて絵を描いていたゴッホは、本当に自分の絵がそういう運命をたどるのを望んでいたのだろうか? 本ならベストセラーにならなくても、公共の図書館でそれなりの人の目に触れることもあるが、絵の場合は美術館に展示されるような有名な画に限られるし、ゴッホは自分の作品がそうなるとは夢にも思っていたかったろう。では、なぜゴッホは、また多くの画家たちは売れるあてのない絵を描き続けるのか?

 石井一男さんの場合は、体調を崩して死のことが頭をかすめるまで、「無名のままであり続けて風化して土に還ればいい」という気持ちで描き続けたという。といっても、真剣に集中して描くようになったのは46歳からで、島田誠さんに見せた作品群は3年ほどの期間に描きためられたものだ。美大を出たわけでも、誰に習ったわけでもない作品は、まさに石井一男という人間をそのままを凝縮したものだった。

 50歳まで定職につかず、結婚もせず、物も持たず、一月数万円で静かに慎ましく暮してきた。その間、日本は高度経済成長を続け、バブルの時期もあったのに、石井さんは一人で修道院にこもるような生活をごく自然に続けてきた。その欲のなさ、環境に左右されない無垢な魂がそのまま描く女性(おそらく)の顔になっている。それを著者はこう述べている。
 
 人は自身と出会うに半生を費やす、その後に仕事がはじまる----という詩人の言葉がある。それに敷衍していえば、空白と沈黙の歳月も、石井一男という画家にとってはきっと必要な、また必然の時間帯であったようにも思えるのである。 

 旅やお芝居やおいしいもの、美しいものが大好きな浪費家の私にとって、石井さんの人生そのものが『奇蹟』に思われる。同時に、長年ライター稼業をしてきたにもかかわらず、人に言えるような「作品」ができないわけが身に染みてわかる気がした。絵が「描く人そのもの」なら、文もまた「書く人そのもの」なのである。結局、私を含め多くの凡人は、自分にすら出会わずに土に還っていくのかもしれない。



  
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