観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 宙組 悠未 ひろ退団
2013年08月20日 (火) | 編集 |
yuumi.jpg

 昨日、宙組の退団者のお知らせがありました。その先頭に、悠未ひろさんの名前があったのでショックでした。

下記の生徒の退団発表がありましたのでお知らせいたします。

 (宙組) 
  悠未 ひろ  
  咲花 莉帆
  夢月 せら
  貴姿 りょう
  
2013年12月23日(宙組 東京宝塚劇場公演千秋楽)付で退団


 100周年を前にして、どうして辞めてしまうの悠未さ~ん。これから組長になり、専科に移り、ずっと宝塚に貢献してくれると信じていたのに。

 仲良しだった同期の愛音羽麗さんが退団し、最後の83期生ということで、ご本人はずっと卒業のタイミングをはかっていたのかもしれませんが、悠未さんのような芸達者なスターがいてこそ、舞台に厚みがでるというものです。

 悠未さんと緒月遠麻さんはトップ候補とは別の位置づけの生徒さんですが、この歌・踊り・演技と三拍子揃った2人がいてくれて、トップの凰稀かなめさんはどんなに心強いかしれません。
 
 私はかなりの悠未好きで、宙組で一番注目しているのは、トップの凰稀さんではなく(ゴメンナサイ)、悠未さんですした。8月の全国ツアー「うたかの恋/Amour de 99!!」も彼女のヨーゼフ皇帝が見たくて行ったところがあります。貫禄と威厳があって、堂々とした皇帝ぶりでした。

 魅力の一つは、歌の上手さです。「うたかの恋」で最後に主演二人が踊るときのカゲソロは、悠未さんと小春乃さよさんでした。それを聴きながら、「どうせなら、ルドルフも悠未さんがやればよかったのに!」と叫び、「さすがに、それはないでしょ」と親友に呆れられました。

 でも、悠未さんはかつて新人公演の主役を2回やった人ですし、年の差カップルなんだから、役替わりで悠未さんにやって欲しかったと、私は本気で思っています。

 悠未さんに初めて注目したのは遅く、大空祐飛さんの退団公演「華やかなりし日々」の興行師ジークフェルドでした。長身で歌が上手くてユーモアがあり、何よりすごいと思ったのは、女性が演じていることを全然感じさせないこと!! 

 179センチと宝塚一の長身ということもありますが、声、立ち居振る舞い、醸し出す雰囲気、すべてが男の中の男という感じで、江戸前のハギレのよさがありました。

 そういう男役って、宝塚の中でも、理事の轟悠さんの2人くらいしかいないように思います。「銀河英雄伝説」でも、敵役である参謀オーベルシュタインの悪が際立つからこそ、朝夏まなとさんのキルヒアイスの哀れさが浮き彫りになったのです。

 だから、悠未さんには「風と共に去りぬ」でレッド・バトラーを演じて欲しかったし、バウや他の劇場で骨太の役を演じるのをもっと見たかった。

 宝塚大劇場公演千秋楽(11月4日)・東京宝塚劇場公演千秋楽(12月23日)では、悠未ひろサヨナラショーが開催されるそうです。卒業後、どんな道を歩まれるのかわかりませんが、その美声をいかして、ステージに立ち続けていただきたいと思います。

 そのまえに、勿論、アシュレを見に劇場に足を運ぶつもりです。でも、アシュレに歌はなかったような・・・。アシュレが最後というのは、その意味でも残念デス。サヨナラショーのチケットは入手困難でしょうね。
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 映画「建築学概論」
2013年08月20日 (火) | 編集 |
建築学概論

 “韓国で400万人超の大ヒット”した映画「建築学概論」を16日、シネマート六本木で見てきました。自分でもモノ好きだと思うのですが、主演のオム・テウンが好きなのと、「初恋の人に家を建ててもらう」という発想が新鮮で面白いと思ったのです。お目当てはあくまで「嘆きのピエタ」でしたが、ピエタだけでは暗すぎるかもと思い、恋愛ものを抱き合わせにしたんです。

 ストーリーは現在と過去が交互に進みます。冒頭、建築事務所に勤務するスンミン(オム・テウン)のもとに「久しぶりね。私を憶えてる?」とソヨン(ハン・ガイン)が突然現れ、チェジュドにある父親の土地に家を建てて欲しいと頼みます。ソヨンは医者の妻だといい、服もバッグも車も、すべてがお金持ちのマダムそのものです。

 15年ぶりの再会に戸惑うスンミン。自分は個人の家は苦手だし、直接仕事を引き受ける立場にないと断りますが、結局、家を設計することになります。そして、会話を重ねるうちに、徐々に過去の記憶が蘇り、それと同時にソヨンの現在の状況も明らかになっていくのです。

 大学時代は若い俳優が演じています。二人が親しくなったきっかけは、大学1年のとき、同じ“建築学概論”の授業をとったことがきっかけでした。その授業は毎回宿題が出るのですが、第1回目は自分の住む町を好きになるために、写真と撮ってレポートすること。スンミン(イ・ジェフン)は音楽科の女子学生ソヨン(スジ)のから、二人とも同じチョンノ(鍾路)区に家があるのだから、一緒に宿題をやろうと提案されます。

 奥手のスンミンですが、すぐに可愛いソヨンに夢中になります。ですが、自分の気持ちを上手く表現することができず、いよいよ告白という段階になって、ちょっとした行き違いから、一方的に別れを告げてしまうのです。イ・ジェフンの初恋に有頂天になる内気な少年の演技は素晴らしかったですね。スジもちょっとわがままで気が強いけど、実は純情な少女の役がぴったりでした。

 ソヨンは金持ちの先輩が好きなのだと誤解して一方的に別れを告げたスンヨンでしたが、家が完成した夜、ソヨンもスンヨンのことをずっと想っていたことが判明します。その瞬間、スンミンはソヨンを抱き寄せ、二人は情熱的な接吻を交わすのです。ですが、スンヨンには同じ事務所に勤務する美人でお金持ちの婚約者がおり、一緒に米国へ旅立つことが決まっていました。人生をリセットして、離婚して独り身になったソヨンとやりなおすべきか。スンヨンの心は揺れ動き、結婚式の準備にも身が入りません。果たして彼の決断は・・・。

 ストーリーだけ追うと、婚約破棄しなかった「冬のソナタ」のユジンみたいな話ですが、印象はだいぶ違います。なぜなら、この映画の隠されたテーマは「格差」だからです。スンミンとソヨンの家があるのは歴史的な建造物がたくさんある江北エリア。でも、どうやらソウルでは後から開発されたおしゃれな江南エリアの方がお金持ちがたくさん住んでいるらしいのです。。

 ソヨンとスンミンは同じ町に住み、同じバスに乗って通学することで仲良くなるわけですが、父親の友人の家に居候していたスンヨンが、江南エリアのアパートに引っ越したことから、二人の世界にお金持ちでやはり江南の素敵なマンションに住む先輩が割り込んでくる形になって、関係性が変わってくるんですね。

 ですから、ソヨンに告白しようとして真夜中まで彼女のアパートの前で待っていたスンミンが、酔って先輩と帰ってきた彼女を見て誤解し、タクシーで家に帰ろうと「江北へ」と言ったとき、「この時間に北へは行かない」と運転手に断られ、深く傷つくわけです。大好きなソヨンが「住む世界が違う」ところへ行ったしまった絶望がよく出ていて、胸が痛むシーンでした。

 「冬のソナタ」のユジンは恋の人チュンサンが婚約式の日に目の前に現れたとき、人生の舵を思いっきり彼の方へ切ってしまいます。スンヨンも金持ちの恋人にどこか馴染めないものを感じ、ソヨンと一緒に人生をリセットしようか迷うのですが、苦労して女手一つで息子を育てた母親は彼に貯金通帳を差し出し、「馬鹿なことを言ってないで、お嫁さんを大事にしなさい」と一喝し、自分とは違う階級へと息子を送り出します。そんな母親を前にして、スンミンはソヨンへの恋心を押し通すことができなくなります。母の愛は偉大ですね。

 最期に、金持ちに憧れていたソヨンは出身地であるチェジュ島に戻り、スンヨンが建てた家で、余命いくばくもない父親と一緒にピアノ教師として生計をたてる決意をし、スンヨンは結婚して妻と共にアメリカへ旅立ちます。そして、チェジュ島のソヨンのもとに、スンヨンからフォークユニット展覧会のCDとCDプレイヤーが送られてきます。初雪が降ったら会おうと約束した韓屋にソヨンがおいてきたものでした。いくら待っても現れなかったスンヨンですが、自分が去ったあと、彼は約束どおり、韓屋に行っていたのです。(挿入歌になった展覧会の「記憶の習作」、とてもいい曲です)。

 人は人生で一番好きだった人と結婚できるとは限らないし、若い頃にいろいろな夢を持っていても、それがすべて叶う人は滅多にいません。でも、一つか二つは叶うことがあるし、結ばれなくても、自分をずっと想っていてくれた人がいたことは人生の慰めになる。そんなことを思いながら、この映画を何度も見た人がきっとたくさんいたことでしょう。

 「建築学概論」は韓国には珍しく、淡々とした色合いの、瑞々しさとほろ苦さが混じりあった、日本のドラマに近いような映画でした。外国人が見ると、自分でソウルの町を歩いているような気になります。ちなみに、監督は10年間、本当に建築士として働いた方だそうです。自分の実体験もちょっと混じっているのかもしれません。



 紅ゆずるさん バースデイ ティーパーティ
2013年08月19日 (月) | 編集 |
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8月17日(土)、ホテルニューオータニの芙蓉の間にて、宝塚星組スター紅ゆずるさん(さゆみさん)のお茶会が開催されました。なんと昨日はさゆみさんのお誕生日だったのです!! 公演中の土曜日、お茶会当日にお誕生日をお祝いできるチャンスなんて、そうそう巡ってくるものではありません。そんなわけで、遅ればせながら、備忘録を書いてみたいと思います。

 お茶会はいつも2回公演の後に開かれるので、スタートは19:45とかなり遅めなんですね。でも、会場ロビーではグッズや写真が販売されているので、前回駆け込みだった私は、今回こそじっくりグッズを見たいと、18:40頃に到着しました。ギリギリまでファンレターを書いていたので(いったん書き始めると長くなる)、夕飯抜きの強行軍です。

 ロビーでファンクラブのお友達Uさんと合流し、一緒にプロマイド&グッズコーナーへ。そこで耳に入ってきたのは、「○○やろ」「そうやねん」といった関西弁です。お誕生日だけあって、関西からもファンがたくさん参加しているようでした。

 プロマイドは見るだけねと思っていたのですが、Newと付けられた写真群がメッチャ可愛い(・∀・)イイ!!  瞬時、惚けたように目がクギ付けになってしまいましたが、「REONⅡも控えてるし、イケナイ、イケナイ」と大人の自制心を働かせ、結局、ベンヴォーリオのアスパラガス頭で撮影されたと思われる3枚組みのポストカードを購入することに。メガネ姿に弱いんです。

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 グッズは香水とかトラベルグッズとか、いろいろあって迷ったのですが、もっとも実用的な水色のポストカードフォルダーに決定。写真は色なしに見えますが、ちゃんとした水色です。Uさんは「私はこれにする~」と紅ファイブのDVDだったと思う)に即決してました。プロマイドは後日送られてくるのですが、ポストカードはグッズ扱いなのでその場でもらえたのでラッキーでした。

kurenai2.jpg
 
 買物が終わって7時過ぎにテーブルに着席。前回よりちょっと出世して、1テーブル分さゆみさんのいるひな壇に近いお席でした。実は今度こそシアター形式になるだろうと覚悟していたので、会場に丸テーブルが並んでいたのでビックリ。よく入ったなあと思ったら、前回10人がけだったのを12人がけにして、テーブルが63、つまり756人入れるようにセッティングされていたんです。会のスタッフの心遣いに頭が下がりました。やっぱり、テーブルでお茶とケーキを頂いた方が、リラックスできますし、同席の方たちともいろいろおしゃべりできて楽しいですからね。
 
 テーブルに置かれていた記念品はゴールドかシルバーのPUミラーカバー。私のはシルバーでした。

kurenai4.jpg

 さて、普通ならそのままさゆみさん登場まで雑談で終わりなのですが、昨日はお誕生日パーティだったので、なんと、開始前にサプライズの歌の練習があったんです。ロミオとジュリエットの「綺麗は汚い」の替え歌~お誕生日バージョン」。テーブルの上に歌詞のメモが置いてあり、それを見ながら全員で練習です。司会を担当するスタッフさんの指導で歌ってみると、短い歌なのにけっこう難しい! 特に最後の締めの音程がなんともトホホで、数回やり直したんじゃないでしょうか。短い歌なのにこれですから、ジェンヌさんは偉大デス。

 暗転の中でバースディソングが終わると、全員が色とりどりのペンライト振る趣向だったのですが、「隣の人と色がかぶらないようにして下さい」とか「さゆみさんはめざといので、絶対にカバンの中に隠して見るからないように」といったきめ細かいディレクションがあり、演出家さながらです。
 司会のお嬢さん(私から見ると)は口跡もよく、声も通り、なかなかの大物ぶりを発揮していました。

 前置きが長くなりましたが、お茶会のプログラムは次の通りです。

  さゆみさん入場
  乾杯・ご挨拶
  トークコーナー
  握手タイム
  抽選会
  さゆみさんへのプレゼント
  さゆみさんご挨拶
  さゆみさん退場


 スポットライトを浴びて登場したさゆみさんの髪の毛の色は綺麗レイなパープルに一部ワインカラー。ベンからティボルトに変わったと同時に、グリーンかパープルに変わったようです。服装はエメラルドグリーンのスーツの中にベージュ地に黒のヒョウ柄のブラウスを合わせていました。隣の席のお嬢さんがセンスのよさに感心していました。スタイル抜群だから映えるんでしょうね。
 ここから先は独断と偏見で印象に残ったところのみをレポートします。

●トークコーナー 
ロミオの代役の練習もしたので、3役を覚えるのが大変だった。特にロミオは再演だったので舞台で通し稽古をやったが、それまでまったく合同練習がなく、ひたすら本役を見て覚え、一人で稽古しなければならなかったそうです。言うまでもなく、歌も覚えたんですよ。聞いているだけで目眩がしそう。今日はティボルトに専念しようとか、ベンをやろうと思っても、互いに絡むところがあるので、一つの役をやっていても、もう一つの役が頭に浮かんでこんがらがり、苦労したと。覚えられるだけでも天才的な記憶力ですよね。そんなに頑張ったなら、代役公演もやってくれたらよかったのに。絶対に見たかった~!! それにしても、役替わりの生徒さんに代役まで振るのは、いくらなんでも負荷が重すぎやしませんか、小池先生?(ここで言っても聞いてないでしょうが)

 楽屋は無理やり化粧台を詰めて壱城あずささんの隣りを使っている。如月蓮連城さんがその隣り(違ってるかも)、後ろがねねちゃんとても楽しいとおっしゃってました。宝塚はトップスターでも楽屋は学年が違い人と一緒なんですね。

 「宝塚に入らなかったら、何になっていましたか?」との質問には「思いつかない。舞台には立っていたかもしれないけど、宝塚に入ることしか考えていなかったから。本当に入れてよかった」とのこと。私たちのためにも、宝塚に合格してくれて本当によかった。

●握手タイム 
 人が増えても握手タイムはあったのですが、握手する場所はひな壇の上でした。会場内にテーブルがぎっしり入っていて、前や横に進むのも大変で、そこしか場所がなかったのです。メリットは、どんな人が参加しているのか、一人ひとり見ることができたこと。そこで目についたのが、男性(20人位いたかも)と日本人以外のファンの多さでした。
 実はテーブルに座って周囲を見渡しても、金髪碧眼の女性が至近距離にいたので驚いたのですが、握手タイムが終わったあと、さゆみさんが「挨拶の言葉でいろいろな国から来て下さっていることがわかりました」とおっしゃっていたので、一見日本人に見えるアジア系のファンも大勢いたんですね。手を握りながら、愛の言葉を囁いた男性もいたようですよ。

●さゆみさんへのプレゼント 
 ファンクラブからのプレゼントが贈呈されたのですが、手にしたのはファンクラブの会員が書いたカードを貼り付けて作ったアルバムと目録です。私も真夜中に必死でカードを作って送りましたが、アルバムは宝塚っぽく綺麗にデコレーションされてました。再び、スタッフさん、ありがとうございますm(_ _)m
 目録の方は、中身はハワイ旅行でした。でも、一人分だそうです(笑)。パリならともかく、ハワイへ一人で旅って・・・。「私はチケットもってるからええけど、自分の分は払ってなっていうん?」とさゆみさんも苦笑いでした。まあ、きっとJTBの旅行券かなんかでしょうね。換金して、お友達(恋人?)と分けあって下さい、さゆみさん(^O^)

●さゆみさんからの歌のプレゼント 
 プログラムにはありませんが、いつものようにジェネラスなさゆみさんがプレゼントしてくれたのは、台湾公演「怪盗楚留香外伝-花盗人-」の中で薛斌(せつひん)に封したさゆみさんが、ねねちゃんが演じた恋人左明珠(さめいしゅ)に向けて歌った「大宙(おおぞら)の愛」。「次から次に覚えるものがあるので」と歌詞カードを手にしたものの、まったく見ずに歌われていました。大好きでiPodに入れて毎日聴いている曲なので、生で再び聴けて大感動です。

●お誕生日おめでとうタイム 
 ここで、「楽しいひとときも終わりのときがやって参りました」という司会の声とともに会場が暗転。最初に練習したサプライズのお誕生日の歌の合唱と一緒に、5色のペンライトが振られました。さゆみさんも「とっても綺麗!」と喜ばれてました。「これからもずっと、応援していますーっ! いぇ~っ」の掛け声とともに会場が再び明るくなり、運ばれてきたのは、四角い大型のバースデーケーキ。ケーキの上には年齢分(たぶん)のローソクが。さゆみさん、なにやら数え始めたのでビックリしましたが、「ローソクじゃない、いちごの数を数えてるんです」とのこと。60個以上あったみたいです。巨大ケーキですよね。別にその場で召し上げることはなかったので、あれは明日生徒さんたちとシェアするのかな~、とかちらっと思っちゃいました。

●お父様からの手紙の朗読 
 順番が逆だったかもしれませんが、とにかく、最後にある人からということで、手紙が朗読されました。聞いているうちに、だんだん、ご家族の誰かかなと思ったのですが、さゆみさんは早い段階でわかったようです。最後に「父より」で終わると、涙をぬぐわれていました。趣味でバンド活動をされていて、最近、コンテストで賞をとられたそうです。コンテストの会場から電話がきたそうで、とっても仲のいいご家族であることがわかります。娘の健康を案じると共に、ファンの皆さんへ感謝を忘れないようにと、親らしい心遣いをされていました。その前々日に見た映画「嘆きのピエタ」が親に愛されたことない人間を描いたものだったので、お父様の手紙を聞いて、子供のことを思ってくれる親って有難いなあと、改めて思いました。

●今後のスケジュール
 恒例ですが、最後の最後は今後のスケジュールを発表して退場です。ここでおかしかったのは、REONⅡのところで、「東京国際フォーラムC公演」と読まれたこと。一瞬、ABCと公演の種類があるのかと思いましたが、そんなわけはないく、Cホールのホールが抜けていたんですね。
 「きっと死ぬほど踊らされるんやろなあ。ま、いいわ。いつか人間に戻れるやろ」みたいなことがことを言ってましたが、確かに柚希さんが歌っているときは、バックダンサーみたいに全員が踊りまくることになるので、この公演もアスリート並の体力がいりそうです。

 それから、2014年元旦からの「眠らない男 ―ナポレオン・愛と栄光の涯に―」の眠らないを「眠れない男」と読んで、すぐ気がついて、「眠らないんじゃない。眠らないんだ。 Can'tと Doはえらい違いや」と言ってました。確かに、眠れないだと不眠症の話になっちゃいますからね。
 100周年の幕開けとなる記念すべき公演です。ロミジュリと同じ小池先生の作・演出で作曲はロミジュリと同じジェラール・プレスギュルヴィックさんですから、「また、難しいんだろうなあ」と。世界初でお手本もない作品なので、自分たちが評価を決めてしまうというプレッシャーがあることでしょう。星組は宝塚を背負って大奮闘です。
 1月1日から2月3日が宝塚大劇場、2月14日から3月29日が東京宝塚劇場というスケジュールですが、東京のところで「長い」と(笑)。ほんと、1ヵ月じゃなくて1ヵ月半は長いですよね。今回、東京のロミオとジュリエットが完売でチケット難だったことへの配慮でしょうか。

 長々と書いてしまいましたが、さゆみさんは笑顔で手を振って退場されていきました。翌日は11時公演で、入りは8時40分。スターはタフでなければ務まりません。

 友だちに「ライターなのにお金もらわないで書くんだね」と言われてしまいましたが、確かにこれを読んだら、編集者や同僚から石つぶてが飛んでくるかも。でも、これでも締切は遵守してるんですよ。日曜も朝はハヨから1日お仕事してました、ハイ。働かないと、さゆみさんの舞台は見れませんからね~

 「モリー先生との火曜日」“TUESDAYS WITH MORRIE”
2013年08月17日 (土) | 編集 |
モリー先生

 15日、16日は一緒に仕事でタグを組んでいる仲間2人が夏休みをとったので、フリーの私も自主休業を決め込み、一人で芝居1本と映画2本を見て参りました。酷暑の劇場や映画館はほんと、極楽ですねo(^▽^)o 15日に見たのが、加藤健一事務所の「モリー先生との火曜日」です。長~い感想なのですが、個人的に縁のある土地でのお話なので、備忘録として書いておきたいと思います。

 主役のモリー先生はカトケンさんこと加藤健一さん(64歳)、そして生徒で語り部であるミッチ・アルボム役はカトケンさんの長男の加藤義宗さん(33歳)で、二人芝居です。2010年の初演は高橋和也さん(44歳)だったので、今回のミッチは10歳以上若返ったことになります。義宗さんは長身のイケメンで、エリザベートのルドルフを演じたらぴったりという容姿の持ち主です。お父さんより足がずっと長くて、彫りが深いお顔なので、知らない人は親子だと気づかないかもしれません。
 
 前日にチケットを予約したのに、前から8列目のよいお席でした。「これが宝塚だったらなあ」と妄想にふける私。だって、本多劇場はオケもないし、役者さんが手が届くほど近いんですもの。観客は「老い」と「死」がテーマだけあって、年配の人が目立ちましたが、オペラグラスなんて誰も持っていません。コストパフォーマンス(5000円)からすれば、立ち見が出てもいい内容なので、端の方の席が空いていたのは残念でした。

 物語をパンフレットから抜粋しますと、「モリー先生との火曜日」はこんなストーリーです。原作はノンフィクションで実話をもとにした話です。

 人気スポーツライターとして活躍していたミッチは、ある日、深夜のニュース番組で、不治の病(筋委縮性側索硬化症)に冒された大学時代の恩師のモリー老教授をふと目にする。翌日、ミッチはモリー先生を訪ねる。16年ぶりに再会したモリー先生は、ミッチを温かく迎えてくれた。ミッチはモリー先生と言葉を交わすうちに自分の生き方にふと疑問を抱き始める。そして、毎週火曜日にモリー先生からの授業を受けることとなる。モリー先生の話は生きるとは、愛とは・・・。誰の心にも染み入る言葉に溢れていた。

 ミッチは学生時代、頻繁に先生の研究室を訪ね、一緒に食事をとるほど親しい関係だったんですね。彼は優秀で飛び級しているので、先生と出会ったときは17歳の少年でした。勉強もスポーツも何でも得意なミッチでしたが、夢はニューヨークにいる大好きな叔父さんから習ったピアノを活かして、ジャズピアニストになることでした。

 彼は卒業後、叔父さんのアパートに同居しながらクラブで演奏して夢を追いかけます。ところが、その叔父さんが突然すい臓がんで亡くなり、ミッチは地に足をつけて生きることを決意します。それと同時に、大学時代の友だちや人間関係を切り捨てて、手紙や印刷物が届いてもゴミ箱に放り投げていました。

 ミッチはコロンビア大学に進学し、修士号を取得。大手新聞社に入社し、やがてデトロイトのメディアに移籍して著名なコラムニストとなり、テレビやラジオにも出演するようになります。モリー先生をテレビ番組で見かけた頃、彼はジャズシンガーの恋人と婚約し、郊外に家を買い、車も2台所有して、順風満帆の人生を送っていました。

 モリー先生はそんな彼に「君は自分自身に満足しているかい?」と問いかけるのです。
「いいかい、ミッチ。死ぬというのは悲しいことだ。だが、不幸せに生きているってのは、もっともっと悲しいことだ」

 ミッチはそう言われて最初ムっとするんですね。成功している教え子になんでそんなことを言うのだろうって。私も最初、先生はひがんでるんじゃないかと思いました(笑)。金持ちに偏見を持ってるインテリじゃないかって。ですが、毎週火曜日に先生のもとに通うことになり、二人だけの講義が進むうち、最後にモリー先生の言葉の意味が明かされる仕掛けになっています。

 ミッチは先生に「デトロイトに行ったことはありますか」と尋ねるのですが、先生はわざと答えません。それなのに、ミッチの婚約者が先生のお見舞いにくると、「デトロイトはいいところだ」と言うのです。

 実は先生は10年前(だったと思う)、デトロイトに行ったとき、写真入りのミッチのコラムを新聞で読んで、彼の成功を喜んで、すぐに手紙を書いたんですね。でも、返事はきませんでした。きっとひどく失望したことでしょう。でも、16年ぶりにミッチに再会したとき、先生はその話をせず、笑顔で彼を受け入れたのです。おそらく、ミッチに会った瞬間から、先生にはミッチの状態や心の飢えを理解していたのでしょう。
 
 先生の講義のテーマは、「死」「恐れ」「老い」「欲望」「結婚」「家族」「社会」「許し」「人生の意味」などについてです。味わい深い言葉がたくさんあるのですが、特に心に残ったのは、次の言葉です。

「相手が100%間違っていて、自分が100%正しいと思っても、相手を許しなさい」


 自分のように体の自由がまったくきかない、死を目前にした状態になると、どちらが正しいとか間違っているとかいうのは、ささいなことに思える。許せばこの世か争いがなくなるのだと。
 死が目前に迫っていると知った先生は、ミッチの非礼を許そうと決めたのです。

 モリー先生はユダヤ人で、ロシア移民の父親は英語が話せませんでした。母親は8歳の時に亡くなり、9歳の時に弟がポリオにかかり、父親は強盗に入られて心臓発作で亡くなっています。恵まれた家庭の出身ではありません。

 ミッチが卒業するとき、先生はヘブライ語である言葉を贈ります。
 ミッチはヘブライ語がわからないので、その意味をわかろうともせずに忘れています。
 ところが、先生は最期に、同じ言葉を再びミッチに贈るのです。ミッチは16年前と同じようにヘブライ語はわからないと言います。すると先生はその言葉を英語に翻訳します。

「謙遜のあまり、自らの輝きを隠してはいけない」


 「コーチ(ミッチは先生をこう呼ぶ)、僕はこう見えても、けっこう輝いているんですが・・・」
 そう答えたミッチの手をとって、先生は自分の心臓の上に持っていき「そういう輝きじゃない。私が言っているのは、ここのことだ」と言うのです。

 私が知っているある教授は、自分が変わりたいと思った時に、それまで付き合っていた恋人と別れたそうです。新しい自分になるために、過去の自分を知っている人と決別したかったのです。ミッチが先生から離れたのも、そういうことだったのかなと思います。彼はがんの痛みにのたうちまわる叔父さんに何もしてあげられず、最後にエレベーター前で別れたときも、気の利いた言葉一つかけられず、無力感に打ちのめされます。そういう自分に別れを告げて、懸命に働き、社会の一角を占める立派な大人になろうと努力したのです。

 それ事態は間違った判断だったとは思いません。ですが、それと同時に、彼が学生時代に持っていた優しさ、純粋さ、無邪気さ、傷つきやすさといった感情に蓋をしてしまったんですね。モリー先生は死ぬ前に、ミッチの財産とも言える豊かな感情を取り戻して、幸せを味わって欲しいと願い、何千人という生徒の中から一人を選んで毎週授業を続けたのです。

 自分の限られた時間を人のために使うということが、愛情の最大の表現なのだと舞台を見終わって改めて思いました。メッセージが響いたのは、二人の演者のセリフが明瞭で、一つ一つの言葉が耳に残ったからにほかなりません。もっとも、ミッチ役の義宗さんは37歳のシワが出てきて、若手の台頭に焦りを感じる中年ライターにはまったく見えなくて、あと10年くらい経って再演した方がしっくりくるのかなと思いました。年齢より若々しい方なので。

 余談ですが、終演後に義宗さんがロギーでピアノ演奏されていました。舞台上では10曲全部をご自分で弾かれています。演奏が終わった義宗さんが横を通ると、後ろにいた女性が「なんてカッコいいの!!」と叫んでました。加藤健一事務所も歌舞伎のように、お父さんが開拓した演目を義宗さんが演じていくようになるのかもしれません。

 ミッチが学生時代を過ごしたブランダイス大学はボストン郊外にあって、経済とかビジネスで有名なユダヤ系の学生が多い大学です。私はミッチ・アルボムのように有名では“まったく”ありませんが(笑)、彼と同年代で、時期は違いますが、同じボストンにある大学に通っていたことがあります。
 デトロイトには取材で行きましたし、ニューヨークには観光や友だちを訪ねてよく行っていたので、この物語は私が青春を過ごした場所が全て出てくるので、本当に懐かしかったです。

 それともう一つ。モリー先生は78歳で亡くなりましたが、私も親しかった叔父を昨年78歳で亡くしました。その叔父とは生まれてから10歳まで同じ屋根の下で暮らし、デートにまで付いていったほどで、その奥さんの叔母とは姉妹のような関係です。もう1人の叔父は37歳をすい臓がんで亡くしたのも、ミッチと似ています。売れていないおかげで、叔母と共に叔父の最期を看取ることができました。お盆ということもあって、舞台を見ているうちに、自分が見送ってきた人たちと過ごした日々が蘇ってきて、劇場にいることでお盆の供養をしたような気分になりました。

 まだ現役で取材に飛び回っているけれど、「老い」も「死」も無縁とは言えない年齢になってきたのも事実です。ふだんは宝塚とか東宝ミュージカルとか、浮世離れした夢の世界に浸っている私ですが、8月は「春琴」(まだブログには報告していませんが)やこのモリー先生のように、ストレートプレイのよい芝居を見ることができました。ミッチのようにお金はありませんが、幸せです(笑)。キーボードの前で寝ている愛猫マリンもそう言っております。

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 マリンはモリー先生よりずっと年上のはずですが、猛暑に負けず、元気です(^O^) マリンは私が万が一売れっ子になっても、こうやってデスクの上で一緒に仕事をしてくれるので、寂しがらせる心配はありません。それどころか、劇場にいないでもっとキーボードを叩けと言ってるような気がします。人の作品ばかり鑑賞していては、売れるはずないですからねぇ(反省)。

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