観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 紅ゆずるさんお茶会 at ホテルニューオータニ
2013年01月27日 (日) | 編集 |
昨日、紅ゆずるさん(さゆみさん)のお茶会に行ってきました。
生まれて初めてのお茶会です。会場はホテルニューオータニの芙蓉の間。シアター形式なら1400人も入る宴会場なので、お茶会といっても椅子が並んでいるだけかなと思っていたら、ぎっしり丸テーブルが並んでいました。アイスティーとケーキも既にテーブルの上に。

驚いたのはオペラグラスを持った参加者がたくさんいたことです。私の席はセンターの後だったので、さゆみさんのステージからそれほど距離はなかったのですが、端の方に割り振られた方たちは、確かにオペラグラスが必要なくらいの距離だったでしょう。クロークにコートを預ける時に、「700人いらっしゃいますから、出すのに15分はかかりますがいいですか?」と念を押されたので、出席者は700人近くいたようです。

一緒に行く予定だった親友はお嬢さんの受験で都合がつかず、一人参加で心細かったのですが、ファンクラブの方でちゃんと配慮して下さって、同じテーブルは初参加の人ばかりで、年代もほぼ同じ。昔安奈淳さんのファンだったという方がお隣で、「私もです~」と意気投合で楽しくお話できました。

前置きが長くなりましたが、ほぼ20時にスタートしたお茶会のプログラムはこんな感じです。

 さゆみさん入場
 乾杯 ご挨拶
 トークコーナー
 握手タイム
 抽選会
 さゆみさんへのプレゼント
 さゆみさんのご挨拶
 さゆみさん退場


以下は、残念ながら参加できなかった方たちと自分の備忘録のために書くので、少々長いですが、お付き合い下さい。

2回公演を終えて、さゆみさんが到着したのが20時位。スポットライトを浴び、会場から割れんばかりの拍手を浴びて、会場正面にしつらえたステージにあがります。さゆみさんはベージュのパンツスーツにフリルのついた白いブラウスという出で立ち。ジャケットの裾はフリルがついたようなデザインで華やかさもあって素敵でした。

最初のトークコーナーでは今月の舞台について司会者からの質問に答えていましたが、とにかく3本立てはすごく大変で、いまだに慣れないとのこと。「宝塚ジャポニズム」と「めぐり会いは再び2nd」との間に休憩が10分しかなく、白塗りのお化粧を完全に落とす時間がないそうです。蜷川幸雄さんなら休憩を25分にして4時間上演しそうな演目ですが、宝塚は上演時間厳守ですから、そのしわ寄せは生徒さんに出てしまうんですね。

お化粧といえば、和物のお化粧は歌舞伎の七之助さんに習ったそうです。女性誌で対談されてましたね。素顔も七之助さんに似ていますが、「『秋の踊り』の時のお化粧はひどかった。今月は歌舞伎を見る人から舞台も七之助さんに似ていると言われます。あの方お綺麗じゃないですか。だから・・・(笑)」と。確かにファンだから言うわけではありませんが、スターさんの中でさゆみさんは白塗りが一番似合っていたように思います。

次の握手タイムでは、驚いたことに全員と握手して下さいました。正直、「え、こんなにいるのに、ホントにやるの?」と思いましたが、テーブルごとに後ろに立って、次から次へ。間近に見るさゆみさんは長身・スリムで足がおそろしく長く、肌がお綺麗で、スターのオーラ満開でした。選び抜かれた生徒さんの中から更に選び抜かれてスターになる人は、一般の人間とは別次元にいるのだと実感。お金を払っても見たいと思う麗しさです。

さて、今回のお茶会の最大のサプライズが何かと言えば、ゲストに元星組娘役スターの白華れみさんが登場したことです。ミッキーとミニーのぬいぐるみを抱えたベレー帽姿のれみさんが姿を現すと、会場から割れんばかりの拍手です。

白華さんは音楽学校でさゆみさんの1期後輩。予科時代、さゆみさんは憧れの本科生で熱烈なラブレターを書いて渡したこともあったそうです。学園祭の写真を販売しているが、普通は自分の世話役になっている本科生の写真しか買わないのに、れみさんはさゆみさんの写真を買っていたほど大好きだったそうです。「予科では1日28時間泣いていましたが、さゆみさんは本当に優しかった」とれみさん。

月組から星組に移って、「リラの壁の因人たち」「ノバ・ボサ・ノバ」「めぐり会いは再び」「愛と青春の旅だち」と、二人は恋人同士を何度も演じてますね。めでたく結ばれたのは「めぐり会いは再び」くらいだけど、「この二人のコンビが好きだという人は多かったんですよ」とさゆみさん。最後に「Me and My Girl」をデュエットしてくれました。れみさんの歌声を聴いていると、改めて歌・踊り・演技と三拍子揃ったいい娘役さんだったなと退団が惜しまれます。これからも舞台で活躍して欲しいですね。

プログラムには書かれていませんでしたが、この後、ファンからさゆみさんへの質問コーナーもありました。「街中でもどこでも『紅』という文字を見かけたらドキドキしてしまいます。どうしたらいいですか?」という可愛いものから、「紅さんが好きで、男の人に興味が持てません」というものまで。さゆみさんは「私もファンの時代があるから気持ちはわかるけど、それはそれ、これはこれ。(ちゃんと男の人と付き合わないと)後悔するよ」とユーモアたっぷりの回答。さゆみさんはどんな質問にも、自分がファンだったときの気持ちを忘れずに答えてくれるので、物言いがストレートなのに温かみがあるんですね。

その後、会からさゆみさんへのプレゼントが手渡され、箱が「やけに大きいな」と思ったら、プレゼントはブルーレイプレイヤーでした。最近劇団からブルーレイのDVDを渡される時があるけど、見られなかったので嬉しい。だけど、接続できるかなとおっしゃっていました。このプレゼントはさゆみさんからのリクエストだったようです。

同じテーブルで他のスターさんのファンクラブに入会されている方が「お茶会は1時間ちょっと」と伺っていたので、2回公演も終えてくるのだから、短くて当たりまえと思っていましたが、その時点で既に1時間半位経過していたように思います。さすがにもう終わりだろうと思っていたら、なんともう1曲、歌のプレゼントが。

2曲目の歌の披露は「オーシャンズ11」で初めて銀橋を渡って歌った想い出の曲」「愛した日々に偽りは無い」。1度見たはずなのに、さゆみさんの歌を聴いて、「ああ、こんなにいい曲だったのか」と感動しました。再演するなら「ロミオとジュリエット」じゃなく「オーシャンズ11」にしてくれないかなと思ったくらいです。

最後はさゆみさんから今後の予定と挨拶がありました。簡単にお礼を言うだけかと思ったら、これがまた長くて面白いんです♪ 大阪弁で上手く再現できないのが残念ですが、印象に残ったコメントとしては・・・。

・台湾に行ったとき、食べるものが本当に美味しくて、特に空芯菜の炒め物ばかり頼んで柚木さんやねねちゃんに呆れられた。
・台湾の有名な女優に自分とそっくりな女優さんがいるらしく、台湾公演でスカウトされたらどうしようと台湾での記者会見に同行した理事に話してしまった。変な奴だと思われているだろう。
・ニューオータニでお茶会ができるようになって嬉しい。10年前にこんな自分は想像できなかった。
・寒い時に入り待ち、出待ちをしてもらってありがたい。なるべく早く出るようにしている。テンションの低い時もあるが、それは照れくさいからそう見えるだけなので、誤解しないで欲しい。
・友だちに誘われて、初めてお茶会に参加された方もいるだろうから言っておくが、自分は本当はちゃんとした人間なのだ。

たっぷり2時間、サービス精神満点の本当に楽しいお茶会でした。会の最中、何度も会場内を歩くように構成されていましたし、抽選に当たった人、質問を読む人と、不公平感なくさゆみさんに接することができるプログラムになっていました。お世話役さんの配慮も行き届いています。疲れていたでしょうに、さゆみさんは終始笑顔でした。次の日も2回公演ですよ。宝塚のスターは心身ともに勁くないと務まりませんね。立派です。

このお茶会、1か月も前から何を着ていこうか、何を持っていくべきかなど、「自分の中で」大騒ぎをしていました。‘握手をするとき、手紙やプレゼントを渡すのが普通’といったコメントがあり、パソコンで打った文面を便箋に書き移したのですが、職業がら構成が気に入らなくて書き直したりして、‘こんなことやってる時間があったら、仕事して下さいよ!’という編集者が見ていたら激怒すること請け合いです。でも、いい年だし、一応大人の責任を背負っている今だからこそ、高校生と同レベルでウキウキするイベントがあると、リフレッシュする気がします。お隣の方も介護に明け暮れる日々だそうで、いい息抜きになったと喜んでいらっしゃいました。

服装についていえば、普段着のようなカジュアルな人から着物姿まで千差万別。注目を浴びているのはさゆみさんだけですから。私は奮発して買った黒のワンピースにしました。貧乏根性ですが、仕事にも使えそうな黒にしたんです。開演ギリギリに駆け込んだのですが、ちょうど高円宮憲仁親王妃久子様が廊下をお通りになるところに出くわしました。一流ホテルですから、常識の範囲内できちんとということでしょうか。

握手するとき手紙とプレゼントは常識というような書き込みもありましたが、冒頭に書いた通り、受付に渡すので、なくても差し支えありませんでした。とはいっても、プレゼントはともかく、スターさんも疲れたときや苦しいときに、ファンが書いた直筆の手紙には励まされるんじゃないかな、と思うんですよね。私のように無名のライターでも、自分の記事を読んだという人に会うと、すごく嬉しいですから。というわけで、自分の手紙もいつかきっと読んでくれるに違いないという幸せな妄想に浸りつつ、家路についた私でした。

お世話役のみなさま、お茶会の企画・運営、本当にご苦労さまでした 謝謝\(^o^)/




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 常磐新平さんの想い出
2013年01月22日 (火) | 編集 |
常磐新平

直木賞作家の常磐新平さんが亡くなった。

もう20年近く前になるが、某官庁の広報紙の編集ライターをやっていた頃、常磐さんにインタビューさせて頂いたことがある。常磐さんは私の両親と同じ昭和6年生まれだが、早稲田大学大学院の英米文学科を卒業後、早川書房の「ミステリマガジン」の編集長を努めたインテリだ。小説を書くようになったのは翻訳者として名を知られてからだ。アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」、ゲイ・タリーズの「汝の父を敬え」、カール・バーンスタイン,ボブ・ウッドワードの「大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日」などは、夥しい翻訳書の中でも代表作と言えるだろう。

インタビューで印象に残った言葉が2つある。一つは「どんなに長く翻訳に携わっていても、3分の1位までは苦痛なものなんです。でも、それをすぎると朝8時から夜11時まで机に向かっても苦にならなくなる」というもの。常磐さんのように高名な翻訳者でも最初はやる気が出ないのかと、妙に親近感を覚えたものだ。

もう一つは、「自分が好きで読むのは時代小説なんです。時代小説にはカタカナがないから」という言葉だった。好きな作家は池波正太郎、藤沢周平、山本周五郎。エッセイを読むと、川口松太郎も好きで、繰り返し読んでいたらしい。確かに、翻訳モノはカタカナの量がやたらと多くなる。私も昔はIT系の記事などをよく書いていて、カタカナの中に平仮名のてにをはをつけただけのような文章になっていたので、常磐さんの気持ちがわかるような気がした。

実は常磐さんにインタビューをお願いしたのは、カード会社のダイナースクラブの雑誌「シグネチャー」に連載していたエッセイで、ご自身の離婚のエピソードが書かれているのを読み、さらに「熱愛者」(だったと思う)というその経緯が詳しく書かれた小説まで読んで、どんな人だろうと興味を惹かれたことも理由の一つだった。

長年連れ添った奥さんと別れ、翻訳教室の教え子だった陽子夫人と再婚したわけだが、出会ったときは二人とも既婚者で、特に常磐さんには前の家庭にも娘がいた。前妻には落ち度はなにもないため、陽子夫人が離婚しても常磐さんはズルズル決断できない。激怒した夫人は2階の窓から常磐さんのパジャマを投げ捨てる、というシーンがあって、その生々しさが鮮烈だった。

親と同世代なのに、ずいぶん情熱的な人なんだなと思ったが、実際にお会いしてみると、今だから率直に申し上げるが、「素朴な田舎のおじさん」といったイメージの地味で小柄な方で、冒頭にある南伸坊さんのイラストのままだった。とても、激しい恋をして妻子を捨てる人には見えなかったけれど、そういう人だからこそ、翻訳家から小説家に転身するために、過去の自分を知る親しい人たちとの決別が必要だったのかもしれない。私生活に負荷をかけることで、作家として立たねばならない状況に自分を追い込んだのだと、今ではそう思える。

そういえば、南伸坊さんにもその広報紙で1年以上もイラストを描いてiただき、新富町の事務所に伺ったことがある。懐かしい思い出だ。

10年前に亡くなった父は戦後のモノのない時代に青春時代を送ったせいか、豊かなアメリカ文化に憧れを抱くアメリカ大好き人間だった。留学など夢また夢の時代に、ペーパーバックを買っては貪るように読んだ常磐さんは、アメリカ文化やアメリカの小説を日本に紹介した功労者だ。直木賞を受賞した1986年から90年代半ばくらいまでは、常磐さんの小説や翻訳本はまだ読まれていたのに、いまアマゾンで検索してみると、レビューが書き込まれた本がほとんどないのは、ちょっと淋しい。

もっとも、常磐さんはエッセイで「作家にもピンからキリまである。オレのものなんか残るもんか。死と共に消えるのが何よりだ」という川口松太郎の言葉を紹介し「いさぎよい覚悟だ」と賞賛していた。だとすれば、これは常盤さん自身の気持ちなのかもしれない。それでも常磐さん、私はあなたの作品を読み返しますよ。たとえ時代があなたを忘れても・・・。







 大雪とプリンセストヨトミとポルターガイスト
2013年01月15日 (火) | 編集 |
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3連休の最終日、成人の日は大雪になりました。20歳の姪は出身高校の同窓会にパーティドレスを着て出席すると言っていたけれど、この雪でハイヒールというのは、草履より大変だろうと外に出てみたら、東京とは思えない雪景色でした。子供なら大喜びでしょうけれど、これでは車も出せません。冬の寒さにもめげず、元気に花をつけていた菊も雪の重さに耐えられず、枝がたれさがっておりました。

こんな日は撮りためた映画を見ようということで、邦画「プリンセストヨトミ」とスピルバーグ制作のホラー映画「ポルターガイスト」を見ました。夫は最近、テレビドラマ「JIN-仁-」の再放送で綾瀬はるかにハマってしまい、嫌いだった邦画も意に返さない変わりよう。はるかちゃんが出るならなんでもいいんです(笑。

「プリンセストヨトミ」は人気作家万城目学の小説が原作です。豊臣秀頼の子孫であるプリンセスが現代の大阪に生きていて、そのプリンセスを守るOJOなる地下組織「大阪国」が存在し、35年間で175億円もの補助金がその組織に流れていたのを東京から来た会計検査院の3人松平元(堤真一)、鳥居忠子(綾瀬はるか)、旭ゲーンズブール(岡田将生)の検査が発端となって発覚し、大阪国独立運動という騒動に発展するというトンデモ話です。

発想自体はとっても面白いし、私は最後まで退屈せず見ることはできたのですが、夫は最後の15分位寝てましたね(笑。途中で大阪の機能が完全にマヒしちゃうんですが、大阪中の男が仕事を放り出して一箇所に集まったりしたら、その時点でテレビ中継とかされちゃって、大騒ぎにならないはずないですよね。それが、大阪出身で父親が大阪国のメンバーだった松平元の目こぼしで、何事もなかったように収まってハッピーエンドは余りにも不自然で、亡くなったはずのお父さん(平田満)と廊下を歩くシーンで100%感動できないんですよね。脚本というのは、1箇所でもひっかかりがあると、リアリティが半減じゃなくて、80%減くらいになってしまうものだと痛感させられました。

夫曰く、「仁には遠く及ばない。タダだからいいけど、これに映画館で金を払えるか!」と。要するに、綾瀬はるかと恋に落ちたと思っている日本中の男たちも、結局は、橘咲というキャラクターに惚れているってことですよね。

脚本という点でやはりさすがだと思ったのが、2本目に見た「ポルターガイスト」。この映画、スピルバーグが1982年に製作したもので、当時彼は「E.T.」を撮影していたので、監督をトビー・フーパーに任せたんだそうです。見るまではゲテモノだと馬鹿にしていたのですが、無駄なシーンがなく緊密で、しかも怖いシーンの連続なので、仕事しようと思いつつ、見始めたら最後までやめられませんでした。

ポルターガイストというのは、家の中で物がひとりでに動きだすという超常現象のことです。日本的に言うと、成仏できない地縛霊みたいなものの仕業らしいです。江戸時代に日本でもそういうことが起きたという記録が残っているようですね。

恐ろしいと思ったのは、この映画の関係者が何人も若死にしていることです。例えば、長女ダナ役のドミニク・ダンは映画の公開直後に22歳で交際相手に殺害されたそうですし、3シリーズ全てに出演した末娘役の子役ヘザー・オルークはクローン病にかかり、3作目が完成してから4ヶ月後に12歳で急死。そのほか、2作目のケイン牧師役ジュリアン・ベックが公開前に胃癌で死去、祈祷師テイラー役ウィル・サンプソンが公開翌年に腎臓疾患で死去。2作目の監督ブライアン・ギブソンも2004年にユーイング肉腫で死去しています

歌舞伎では四谷怪談を演じる俳優はその前に必ずお参りに行きますが、ポルターガイストの撮影にもお祓いが必要だったのかもしれません。肉体がこの世から去ってもモノを動かしたり人にとり憑く力があるということは、やはり魂は不滅ということでしょうか。それならそれで、人を助ける魂になりたいものです。



 宝塚星組公演初日を見る
2013年01月03日 (木) | 編集 |
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 お正月2日、宝塚星組公演の初日を見て参りました。正月早々の星組公演、しかもそのチケットがとれるなんて、なんて幸先がよいのでしょう。長年宝塚を見ているけれど、お正月&初日に見るのは初めてです。しかも初宝塚の親友のCちゃんと一緒に見ることになり、初めてずくしの観劇でした。

 演目は「宝塚ジャポニズム~序破急~(日本モノ)」「めぐり会いは再び2nd((ミュージカル)」「エトワール ド タカラヅカ(レビュー)」と珍しい3本立てです。日本モノとレビューは4月の台湾公演の出し物なんですね。

 今回、初めて紅CLUB(紅ゆずるさんのファンクラブ)にチケットをお願いしたら、珍しくA席で2階の前から11番目のセンターだったのですが、これが舞台全体が見えて、なかなか儲けものでした。1階の後ろの端よりはお得感がありますね。ディズニーランドみたいなイラスト入りの豪華なチケット入れに、「豪華3本立て お楽しみ下さい サユミ」とサインがあったのも感激しました。
 
 今回は複数回見る予定なので、初日は日本モノの感想にとどめます。実はこの公演、ブログでいろいろな感想を読んでいたので、「日本物大丈夫かな~」とちょっと心配だったんです。ですが、結論から言うと、幕開きが暗くて、一つ一つのシーンがやや長い傾向はあるものの、綺麗と思いつつ眠っていた・・・なんていうことはなかったですね。

 チョンパで舞台がパッと明るくなって、華やかな衣装に身を包む大勢の生徒さんが立っている、という従来の幕開きの方が宝塚らしいとは思うけれども、プログラムによると、植田紳爾先生は「日本の芸能の原点である能楽の“序破急”をテーマに創られたとか。「わび(侘)・さび(寂)」の世界を表現したかったのかと思うと、暗闇に一条の光が差して、黒に桜が散ったシック着物で踊る幕開きとか、大阪城落城で寂しく終わる第3部の荒城の月のシーンとかも「なるほどね」と納得できます。

 すごく久しぶりに松本悠里さんの舞姿も拝めたし、衣装は綺麗だし、全体的に楽しめました。ただ、第2部の弥勒菩薩は、仏教が盛んな台湾の人たちにこれを見せる必要があるのか??という疑問が・・・。それと、冒頭のお坊さんの声明が余りに声が大きく長いので、いささか不気味です。ここだけは再考して欲しいかな~。松本悠里さんの弥勒菩薩は本物かと思うくらい美しかったし、柚木礼音さんの黄金の衣装がまばゆいばかりに輝いて、個人的には斬新で好きなシーンだったんですけどね。

 紅ファンとしては、和モノのお化粧や着物が似合うさゆみさんの姿を見てるだけで眼福のプログラムなんですよね。だから、ちっとも退屈しない。そこが、他の組のスターさんのファンと違うところでしょうね。

 Cちゃんの感想は「初めての人間には日本モノも十分派手だわ。私は大階段から羽をつけたスターが降りてくるのを見たかったから、それが見れただけで大満足」とのこと。彼女曰く「台湾も最後のレビューだけでいいんじゃないかしら」と。個人的には、日本モノとレビューを合体させて、ミュージカルはもう少し長くてもよかったかなと思いました。40分の芝居は小話をやっている感じで、面白いのだけれど、前作ほどの満足感は得られません。その話は次回に譲ります。

 余談ですが、友人が一番興味を惹かれたのは、出待ちをするファンクラブの人達の姿でした。お揃いのケープやジャンパーをまとい、一糸乱れずスターを待つ姿はまるで体育会のクラブ活動みたいだそうです。確かに、ファンクラブによってお揃いのグッズに個性があるのは面白いですね。

 東京ゲートブリッジから初日の出と富士を見る
2013年01月01日 (火) | 編集 |
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 みなさま、明けましておめでとうございます!

 今年から心機一転、デアル調からデスマス調に改めてブロクを書いてみたいと思います。

年末から私も夫も風邪をひいてしまい、毎年行っていた大晦日の高麗神社参りにも行けず、恒例の千束神社への初詣もパスしてしまいました。その代わりと言ってはなんですが、生まれた初めて初日の出を見ることができました。

 寝たのは遅かったのに、なぜか朝5時に目覚めてしまい、急遽思い立って初日の出を見に行くことに。向かったのは昨年開通した東京ゲートブリッジです。元旦の日の出は6時50分だったので、家を出たのは6時過ぎ。車の温度計は2度でした。6時40分頃橋に到着すると、寒さにもめげず、既にたくさんの人達が徒歩で橋の中央におり、日が出るのを待っているのでビックリ。でも、車は駐車しちゃいけないし・・・と思っていると、幸いなことに初日の出見たさの渋滞に巻き込まれ、ベストスポットで停まってくれたので、冒頭のような写真を撮ることができました。

 今日は雲が多かったので、完全に太陽が姿を現すことはなく、日の出の前後の景色は下記のような感じで推移して、陽が暮れるみたいな光景でした。反対側にはまだ月がぽっかり浮かんでいて、不思議な光景でしたね。

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 驚いたのは、空気が澄んでいて、車から雪を冠した富士山がくっきり見えたことです。感動して思わず撮影したのがこの写真です。

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 やはり富士山には崇高な雰囲気が漂っていますね。今年はなんだかいい年になりそうです(^O^) みなさんも、健康に恵まれ、よいことがたくさんある年でありますように!!


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