観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 宝塚「春の雪」千秋楽を見る
2012年11月06日 (火) | 編集 |
この時期はいつも繁忙期で、去年と同じように「1ヵ月以上更新なし」の広告が出てしまった。だが、一つ山を超えたところで運よくチケットが1枚入り、明日海りお主演「春の雪」の千秋楽へ行ってきた。

今日の最大の収穫は、なんと言っても大空祐飛さんの姿が見られたこと。終演後にみりおが「大空祐飛さんです」と紹介されると、満場の拍手。黒い毛糸の帽子(多分)にメガネをかけ、可愛らしくてチャーミングな祐飛さんでした。やはり卒業して肩の力が抜けたのだろう。扉から消える後ろ姿に大きな拍手が沸いて(もちろん、私も大拍手)、まるで現役スターのような人気だった。

前置きが長くなったが「春の雪」。私は中学時代からこの原作がかなり好きでどっぷりハマった時期があったので、私見と断ったうえで言わせてもらうと、宝塚版「春の雪」は原作を一度漫画に直して、それを舞台化したみたいな印象を受けた。ストーリーは原作に忠実だし、全員が熱演しているのだけれど、どこか全体が子供っぽいのだ。

たとえば、冒頭の幕開きに登場するやけに可愛く素直な子供時代の清顕(海乃美月)。成長した清顕はプライドが高く繊細で屈折した青年で、こういう人間は子供の時からその片鱗があるに違いないと思うのだが、わずか10年位の年月でギャップがありすぎる。子供時代の二人を出す意味が本当にあったのだろうか。

蓼科の美穂圭子さん、清顕の祖母の夏月都さん、どちらも熱演でインパクトが強い演技だったのだが、やはりキャラクターを作り過ぎというか、漫画っぽい感じがして、悲劇の場面でおかしみが出てしまう。

というわけで、美しい明日海さんの歌声(とっても気持ちのいいお声です)が全編に響きわたる中、私が考えていたのは宝塚の生徒さんとは別のこと、「トシをとると、同じ小説でも全然違うものに思える」ということだった。

「春の雪」というのは、実は恋愛ものではなく、三島が日露戦争後の日本人の精神の劣化の予兆を抽象的に描いたものだったのではないだろうか。だからこそ、大正元年という設定には意味があるのだ。そして、本当の愛は清顕と聡子の間にあるのではなく、清顕と親友本田繁邦の間にこそあるのではないか。だからこそ、清顕は輪廻転生し、タイの姫君となって本田の前に再び現れるのだ。

宝塚のスターの中で清顕に最も似合っているのが明日海りおなのは間違いない。だけれども、実は清顕という人間は、お芝居にすると作者の描く人間と微妙にズレてしまう具現化が難しいキャラクターのような気がする。それは聡子も同じことで、実際に女優が演じると、美しい以外にどこに取り柄があるのか、いまひとつわからない役になってしまう。

咲妃みゆちゃんは声は綺麗だし、学習院のお譲様らしさは出ていたけれど、西洋人形のようなお顔が役にぴったりとは言い難いし、童顔の明日海さんとの並びがちょっと・・・。美しさという点では、松枝侯爵夫人の花瀬みずかさんが際立っていた気がする。メチャクチャと言われるかもしれないけど、舞台なんだし、年上の役なのだから、容貌から言えば、花瀬さんが聡子でもよかったかも。

むしろ、大人から見ると共感できるのは、本田繁邦(珠城りょう)であり、飯沼茂之(宇月颯)であり、桐院宮治典(鳳月杏)だったりする。それと、松枝侯爵役の輝月ゆうまは明日海さんよりずっと下級生なのに堂々たる父親ぶりで、特に第7場撞球室で激昂して清顕を打ち据える場面は秀逸だった。

なんだか批判めいたレビューになったけれど、12列目センターのチケットで美しい明日海さんの演技と歌を堪能できて、あっと言う間の2時間だった。最後に月組恒例のジャンプにも参加できたし、見ていなかったらきっと残念さを引きずっていただろう。大阪のYさん、チケットを譲って下さってありがとう!
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