観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 『ジュリー&ジュリア』 妻の潜在能力を信じる夫の愛に拍手
2011年09月29日 (木) | 編集 |
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 『ジュリー&ジュリア(Julie & Julia)』は2009年にヒットしたアメリカ映画である。
 映画館で予告編を見たときは、正直、何の映画かよくわからず、あまり見に行きたいと思わなかった。ところが、タイトルにもなっているジュリア・チャイルドという女性、アメリカの家庭料理に革命を起こした超有名な料理研究家だと米国育ちの親友から聞き、興味が湧いてDVDで鑑賞してみた。

 映画の主人公は二人。一人は1960年代にフランス料理本『王道のフランス料理“Mastering the Art of French”』がベストセラーとなり、テレビの料理番組“The French Chef”でパーソナリティ務めたジュリア・チャイルド。

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 もう一人は熱烈なジュリアのファンで、40年後にその本にある全レシピ542を1年で再現するブログ“Julie/Julia Project”を綴ったジュリー・パウエル。ジュリーも実在の人物でブログの話も実話である。
 映画はこの二人が新天地で生活をスタートし、料理に出会ったことで成功を手にするまでを同時併行で描いていく。

 ジュリアは国務省に勤務する夫ポールの赴任地パリで自分がやりたいことを模索する奥さんとして登場する。
身長は188センチとビッグだが、食べることと料理が大好きで、おおらかで陽気な性格。誰にでも愛される人物だ。だが、夫婦仲がいいのに子供ができないという悩みも抱えている。

 アメリカにいた頃は高級家具会社でコピーライターをしたり、CIAの前身であるOSS(戦略諜報)でリサーチャーのアシスタントとして働くなど、当時としては珍しいキャリア・ウーマンだったが、パリで専業主婦になるとヒマをもて余し、帽子づくりやカードを習ったりするが長続きしない。ところが、名門料理学校のル コルドン・ブルーに入学し、男ばかりのプロ養成クラスでてフランス料理を習い始めたところ、立ちふさがる壁を次々と突破して、みるみる頭角を現していく。

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 ジュリーは編集者の夫エリックと飼い猫とともにニューヨーク市のクイーンズにやってくる。
住民の50%近くが移民という地区だが、83㎡という広さに魅かれてピザ屋の2階に入居したのだ。
住環境はパリの瀟洒なアパルトマンで暮らすジュリアと対照的である。

 彼女はコールセンターでクレームを受け付ける29歳のダメOL。アシスタントをアゴで使うキャリア・ウーマンの友人たちから「お気の毒に」とバカにされている。小説家を目指していたが作品を完成させたことはなく、何をやっても中途半端だ。

 見かねたエリックがブログをやれと勧め、何を書こうかと考えたとき、実家にずっとおいてあったが、母親が一度も開いたことのなかったジュリアの料理本をテーマにしようと思いつく。フルタイムで働き、帰宅が9時になることもあるのに、毎日料理してレシピを再現するという無謀なプロジェクトに挑もうと決めたのは、30歳を目前に控え、自分を変えたいという強い想いからだった。

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 ジュリアに扮するのは『ディア・ハンター』『ソフィーの選択』『プラダを着た悪魔』などの名女優メリル・ストリープ。一方、ジュリーを演じるのは『魔法にかけられて』『サンシャイン・クリーニング』のエイミー・アダムス。彼女は『ダウト』で、さらに夫ポール役のスタンリー・トゥッチは『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープと共演している。
 
メリル・ストリープの役作りにかける執念は有名だが、この作品ではジュリア・チャイルドになりきれるよう、共演者に自分が最も信頼できる俳優を起用してくれるようプッシュしたのかもしれない。彼女はジュリア役でゴールデングローブ賞 主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞しているが、YouTubeにアップされた本物のジュリアを見ると、身振りな話し方がそっくりで驚かされる。

 この映画がいいのは、夫婦の在り方がとても素敵に描かれているところだ。特に素晴らしいと思ったのは、ジュリアの夫ポール。
 ポールは公務員だが、詩人・写真家の顔をもつ芸術家でもあり、フランス料理にも造詣が深い教養人だ。
 ふつうなら、そういう人物は妻を見下しそうだが、彼はジュリアの料理する姿が大好きで、妻が素晴らしい能力の持ち主であると信じて温かく見守り、ここぞというところで後押しする。たとえば、「君ならテレビに出られるさ」という具合に。
 
 バレンタインデーのパーティで、中国で友人として食事に行ったとき、ジュリアは「運命の人」だとわかったと招待客の前で語り、
「僕がパンなら、君はバター」とジュリアを見つめながら言う。
ジュリアもポールのことをとても尊敬していて、第二次世界大戦を終結するために、彼がいかに活躍したかを語る。

「想いをきちんと言葉にして伝えること」
「パートナーの目に見えない才能を信じて支え続けること」は
よい夫婦であり続けるために、とても大切なことなのだ。


 このポール役を演じているスタンリー・トゥッチが実に魅力的。
『プラダを着た悪魔』も見ているはずなのに、「こんなにいい俳優がいたのか!」と思うほどだ。
 メリル・ストリープは彼が上手い役者だと知っていて、もっと世に出ればいいのにと思っていたに違いない。
 (リアルな世界では、ポールとジュリアが逆転していたのかも?)

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 この夫妻も、ポールが赤狩りに巻き込まれて冷遇されたり、ジュリアが8年もかけて書いた原稿が最初に持ち込んだ出版社から出版を拒否されたりと、何度か危機的な状況に遭遇するのだが、一人が失意の底にいるときは、もう一人が励まして、いつも二人で乗り越えていく。

 映画には描かれていないが、ポールの退職とともに二人はボストン郊外のケンブリッジに住み、ジュリアが出版する本のイラストを描いたり、写真を担当したりして彼女の仕事をサポートしている。
 余談だが、映画の最後に登場するジュリアの台所(写真)はワシントンDCのスミソニアン博物館に展示されている。たくさんのお鍋がオーナメントになっていて、ジュリアの人柄そのままに、キュートで温かい。

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 ジュリーの夫エリックもジュリーのキャリアに欠かせない存在だ。
途中で料理とブログに熱中する妻に嫌気がさして家を出たりすることもあるけれど、彼女の料理の最大のファンは彼で、いつも実においしそうに料理を食べ、最大限の賛辞を述べてくれる。エリックの存在がなかったら、ジュリーが料理を作る続けることは絶対できなかっただろう。というか、もし私がエリックだったら、胃腸を壊して入院するか、10キロ以上太ってしまうに違いない。料理研究家に必要なのは、グルメで丈夫な胃をもつパートナーのようだ。

 ジュリーはプロジェクトを無事完了したお祝いのパーティで、エリックに
「私がパンなら あなたはバター 私の命よ」と言って感謝の気持ちを伝えている。
 40年前に夫のポールが言ったセリフを現代では妻のジュリーに言わせたところに、脚本家の小粋なはからいを感じる。

監督・脚本のノラ・エフロンは『めぐり逢えたら Sleepless in Seattle 』(1993)や『ユー・ガット・メール You've Got Mail (1998)』を手掛けたヒットメーカーだ。ハリウッドらしい大団円のハッピーエンドは、予想されていたとはいえ、やはり見ている人間を幸せな気分にさせてくれる。

 ところで、この映画、実は「学歴」という観点から見ても興味深いものがある。
ジュリアの母校スミス・カレッジは、アメリカ東部の名門女子大セブン・シスターズの一つであり、『風と共に去りぬ』のマーガレット・ミッチェルなど、錚々たる人材を輩出している。偶然も私の親友もスミスの出身で、日本からわざわざ同窓会にかけつけるほど愛校心が強いのだが、ジュリアも晩年住んでいた家とスタジオをスミスに寄贈したほど母校を愛していた。

 主演のメリル・ストリープは同じくセブン・シスターズのヴァッサー・カレッジの出身。そして、脚本・監督のノラ・エフロンの母校はヒラリー・クリントンも出たウェルズリー・カレッジ。3人とも恵まれた家庭に育ち、名門女子大を出た“お嬢様”だけれど、中高年といわれる年齢になっても、社会にインパクトを与える仕事をしている。“粘り強さ”は女子大の特徴か?

 ちなみに、ジュリー・パウエルはマサチューセッツのアムハースト・カレッジの出身で、この伝統あるリベラルアーツのカレッジは、規模こそ小さいがウィリアムズ、ウェズリアンと並ぶ東部の名門校である。映画ではさえないOLに見えたけど、彼女もジュリア同様、潜在能力の高い人だったわけだ。夫のエリックも「ジュリーなら、きっかけさえつかめば、何かできるハズ!」と常々思ってたんだろうなあ。

 実際のパウエル夫妻はこちら。なかなかお似合いの微笑ましいカップルである。

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 脇役が光った『ロミオとジュリエット』
2011年09月24日 (土) | 編集 |
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昨日(23日祝)は赤坂ACTシアターで公演中のミュージカル『ロミオとジュリエット』を見た。この舞台、主役のロミオとジュリエットの他、ティボルト、マーキューショ、死のダンサーと主要な役の多くがダブルキャストになっている。そのため、キャスティングによってイメージもかなり変わるはずだ。ちなみに、私が見たマチネのキャスティングは次の通り。 

ロミオ:山崎育三郎
ジュリエット:フランク莉奈
ティボルト:上原理生
ベンヴォーリオ:浦井健治
マーキューシオ:良知真次
死のダンサー:大貫勇輔
ヴェローナ公:中山昇
キャピレット卿:石井禅
キャピレット夫人:涼風真世
モンタギュー卿:ひのあらた
モンタギュー夫人:大鳥れい
乳母:未来優希
ロレンス神父:安崎求
パリス:岡田亮輔


『ロミオとジュリエット』は既に宝塚歌劇団の星組、雪組で上演しているが、宝塚ファンなのに縁がなく見逃していた。今回、育三郎くんファンである親友がチケットを入手してくれたので、遂に話題作を見ることができた。10月2日までのチケットは完売で立見席しか残っていないそうである。

育三郎くんについては、『ラ・カージュ・オ・フォール』や『モーツァルト!』で歌の実力はよくわかっており、私も彼目当てで劇場に足を運んだわけだが、幕開け早々、ヴェローナ公のよく通る声に引き込まれ、「これって、思ってたのと違うかも」といい意味で期待を裏切られた。パンフレット(黒版は初日舞台写真、白版は稽古風景がのっていて、白を選択)によると、ヴェローナ公役の中山昇さんは文学座付属研究所の出身だが、声量はあるし、歌が非情に上手い。

ひと昔前の日本のミュージカルといえば、男優は四季、女優は宝塚が支えていたけれど、最近はさまざまな分野から進出していて、頼もしい限りである。

『ロミオとジュリエット』とこれまでの映画・演劇との違いは、ミュージカル版が「群集劇」になっている点にある。一つは登場人物が携帯電話をもち、Facebookがセリフに登場するなど、時代設定が現代らしくなっていること。無法都市と化したヴェローナは、宗教であれ理念であれ、二つの勢力がぶつかり合い、若者が闘いや殺戮によってしかエネルギーを発散するすべがない、地球上のいたるところに存在する国家を象徴しているようだ。

脇役にかなりスポットが当てられているのだ。その顕著な例がキャピレット夫人。この人、若い頃はジュリエットと同じように美しかったのにキャピレット卿に愛されず、夫以外の男性と恋に落ち、腹いせにジュリエットを産んだという設定になっている。しかも、そのことをキャピレット卿は知りながら、なお父親として愛情を注いできた心境が、切々としたナンバーとなって歌われる! 人間関係といい苦悩の仕方といい、現代的なのだ。このキャピレット夫人、女盛りとなったいまは、甥のティボルトと肉体関係をもっていて、彼にかなり執着している。ところが、ティボルトが本当に愛しているのはジュリエットで、いとこ同士の結婚が認められていないヴェローナで彼の恋が成就する見込みはない。そのため、ティボルトは鬱屈した感情を宿敵モンタギューに向けている。さらに、ティボルトの本心に気づいているキャピレット夫人は女として娘に嫉妬しており、ジュリエットを家柄がよく資産家のパリスと結婚させようとする。

キャピレット夫人役の涼風真世さんは宝塚のトップスター時代から歌の上手さに定評があったが、ビロードのような美声に益々磨きがかかり、聴き惚れるばかり。本当に歌の上手い人だ。娘に嫉妬し、娘を自分と同じように不幸な結婚へと追いやる嫌な女の役なのだが、可愛らしいタイプの美人のうえ、声が低めで所作が男らしいので、女の厭らしさを感じさせない。

彼女とからむティボルト役は上原理生さん。この人を舞台で見るのは初めてだったが、藝大出身だけに、音程が正確で声がいい。特にイケメンというわけではないのだが、存在感があって妙に魅力のある人だ。私的には<彼が主役>と思うほど気に入ってしまった。

それから、あまりの歌の上手さに衝撃を受けたのが、乳母役の未来優希さん。この人も宝塚の男役出身(なぜか男役に歌の上手い人が多い)なのだが、面白いことに、涼風真世さんが退団した月組の『グランドホテル/BROADWAY BOYS』で初舞台を踏んでいる。しかも、同期にはモンタギュー夫人を演じている大鳥れいさんがいる。大鳥さんは娘役のトップだったが、『エリザベート』でエリザベートを演じているところをみると、やはり“歌の人”なのだろう。

残念ながら、未来優希さんの在団時代が私の宝塚空白時代と重なるため当時の舞台を見ていないのだが、パンフレットの解説によれば「豊かな歌唱力が魅力の男役として、抜群の存在感で数々の舞台を踏み、2008年より雪組副組長を務め、2010年退団」とある。

音楽学校を主席で卒業したというから実力のある人なのだろうが、音域が広く、テクニックが卓越していて、いつまでも声を聴いていたいと思わせる心地よさがある。第5場Bでロレンス神父役の安崎求さんとデュエットする「♪神はまだお見捨てにならない」は素晴らしく、吸い込まれるようだ。

のっけから脇役について熱く語ってしまったが、育三郎くんのロミオいぴったりでとてもよかった。もともと歌で感情を表現できるテクニックと気持ちのいい声の持ち主で、実力があるのはわかっていたが、今回の舞台ではダンスのキレのよさが目を引いた。一舞台ごとに成長している。

ジュリエット役のフランク莉奈ちゃんは18歳だけあって、ハワイから来た少女という感じ。高音が少々厳しいのが気になったが、背が高くてスタイルがよく、のびのびしている。クセがない人なので、もしかしたら将来大化けするかも・・??

ベンヴォーリオの浦井健治さんは三谷幸喜の『ベッジ・パードン』で見たばかり。ストレートプレイでかなり二枚目を逸脱した役で新境地を開いてはいたのだが、歌を聴くと「ああ、やっぱりミュージカルがいいナ」と思ってしまう。育三郎くんと同じく、生理的に気持ちのいい声なのだ。ベンヴォーリオはロミオを優しく見守る“マブダチ”の役で柄に合っていたのだが、私的には逆にこの人がマーキューシオを演じてくれたら面白かったのにと思った。一度、え!っと思うような悪役とか、屈折した役をミュージカルで見てみたい。

そのマーキューシオ役は良知真次さん。この人の舞台は初めて見たが、「キュート」な魅力があった。まだ少年っぽさを残していて、育三郎くん、浦井健治さん、良知真次さんのトリオは、青春を駆け抜けている若者の疾走感を醸し出していたと思う。

最後にもう一つ、異色なのは、最初から最後まで、ロミオに死のダンサーが付きまとっていること。ロミオはジュリエットと一目で恋に落ちるけれど、常に死の予感におびえている若者なのだ。だから、二人の恋はどこか陰りを帯びている。死のダンサー役の大貫勇輔さん歌もセリフもないのだが、長身で均整のとれた体の持ち主で、主役二人を奈落の底に引きずりこむ死神をムードたっぷりに演じていた。

ミュージカル版『ロミオとジュリエット』はメロディーラインの親しみやすさという点では、『ウェストサイドストーリー』の“Tonight”「トゥナイト」や“Maria”「マリア」と肩を並べるナンバーをもたないが、各々の登場人物が主人公二人の添え物的な存在でなく、独立した「人間」として描かれているところが秀逸だった。タイトルは『ロミオとジュリエット』だが、優れたアンサンブルを楽しむ舞台だと思う。

余談だが、最後の舞台挨拶で、育三郎くんが「親友が結婚することになったけど、大阪公演で結婚式に出られないので、今日客席に来てくれた。○○くん、結婚おめでとう!」と呼びかけていて、微笑ましかった。最後は客席総立ちで拍手喝采、若者パワー炸裂で元気を充電できた3時間でした。

出演者のみなさん、ありがとう!

 片づけ本と見える化
2011年09月18日 (日) | 編集 |
今年の春は片づけに熱中していた。仕事がヒマだったこともあるが、近所の本屋で『人生がときめく片づけの魔法』という本に出遭ったことがきっかけだった。

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著者の近藤麻理恵さんはうら若き乙女といった風情の女性なのだが、既に40万部も売れたベストセラーだけあって、そのメソッドは理に叶っている。

製造現場などで採用されている「見える化」を家の中の収納に応用しているのだ。

彼女のアドバイスの中で、特に私がいいと思って実行したのは次の4つ;

1.すべてのモノにお家(定位置)をつくってあげる

2.「立てる」を収納の基本にする

3.服は色のグラデーションで並べる

4.バッグは「毎日、空」にする



定位置を決めると収納の許容量が見える

私の場合、散らかるというのは、引出しからTシャツがあふれていたり、本が床の上に山積みされていたりといった状態のことを指す。これだと、自分がいま何をもっているのかわからないし、たとえば「あのカットソーが着たい」と思っても、すぐには出てこない。

つまり、在庫管理ができていないから、必要なときに商品が出てこないのである。

近藤さんはすべての持ちものにお家をつくってあげて、使用後はその家に帰してあげましょうと提唱している。定位置に戻せば散らからないというわけだ。

ところが、すべてのモノにお家(定位置)を作ってあげようとすると、クローゼットや本棚に入りきらないものは捨てざるを得ない。だから、優先順位を決めて、収納しきれないものは捨てることになる。

私の場合、収納力の7割なら、在庫が把握できるという結論に達した。3割余裕をもたせて空けておけば、その後、多少モノが増えても家を作ってあげられるのである。というわけで、週2回の可燃ごみの日には、大量のゴミ袋が家の前に積まれることになった。

ちなみに、長寿遺伝子の働きがオンになるのも腹7分目にカロリーを押さえるのがポイントだそうだから、7という数字には何か意味があるのかもしれない。

「見える化」のポイントは「立てる」

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適正在庫を実現したら、今度は「欲しいものを必要なときに取り出せる状態にすること」、つまり「整頓」である。そのためには、モノを重ねないことだ。洋服でいえば、Tシャツやセーターをたたんでクリア収納ケースに重ねて入れていくのはNG。これだと、下の方に何が入っているのか見えないし、取り出せない。

そこで『ときめき本』では、たためる服は丸めて「立てる」ことを勧めている。上から取り出せるから。更に、その服を薄い色からグラデーションに並べていく。これだと、「あのオレンジのTシャツは・・・」といった具合に、色をたよりに探すことができる。

近藤さんは収納は「限りなくシンプルに」と言っているので、私はクローゼットの中写真のようにも完全に色別のグラデーションに並べてしまった。同じ色なら、丈の短いものから長いものへと左から順番にかけることにした。

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入れ忘れを防ぐ「バッグの中身置き場」

本と洋服が片付かない原因の横綱と大関だとすれば、バッグの中身は小結くらいの感じだが、これも慢性的な悩みになっていた。仕事が繁忙期に入ると、取材用の大きなショルダーバッグにお財布、キーホルダー、名刺、筆記用具、ノート、ICレコーダーといったアイテムを入れっぱなしになりがちだ。

ところが、地方出張では軽いバッグに入れ替えたりするし、週末ともなれば、スーパーに行ったりすることもあるわけで、そのたびにカバンが変わる。そうなると、モノが分散して、肝心なときに名刺入れがないといった事態を招くことになる。

そのため、以前も箱を用意して、財布や名刺入れ、ハンカチなどを入れるようにトライしたことがあった。しかし、この箱というのがクセモノだった。まず、箱が小さすぎて、入れらるものが限定されていた。しかも、箱は中身が見えないから、5分前のことでも忘れる私のような人間は、箱に何を入れたかすら忘れてしまったり、箱そのものを移動して探したりする始末で、「システムとして機能」しなかった。

そこで、今回は3段の引出のついたクリアケースを書斎の棚におき、まず、カバンの中身を入れる「入れ物の家(定位置)」を確保。引出しの一番上に1日分のレシートとエコバッグ、二番目にティッシュペーパーとタオルハンカチ、三番目の一番深い引出しにお財布やキーホルダー、iPodナノ、手帳など、その他のものを入れることにした。

そして、家に戻ったら、「今日も一日働いてくれて、ありがとう」とお礼を言いつつ、カバンの中身をすべて、クリアケースに移すのである。

あの春の「片づけマイブーム」から早や半年。正直、本の帯にあるように、「リバウンド率ゼロ!」とはいかないが、少なくとも、3重のスライド式本棚の中身は全て見られるようになったし、クリアケースの中も、「あ、これじゃダメだ!」と思ったら、上から見えるように整理しなおして、なんとか「見える化」は保たれている。

実は「見える化」というのは、何も整理整頓に限定したコンセプトではない。

『見える化』の著者遠藤功氏は、「見える化」を「問題の見える化」「異常の見える化」「ギャップの見える化」「シグナルの見える化」「真因の見える化」「効果の見える化」という5つのカテゴリーに分け

「見える化」とは「さまざまな事実や状態が目に飛び込んでくる状態」だと定義している。

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そのためには、見えるための「仕組み」を作らなければならない。逆にいえば、ひとたび見える「仕組み」ができてしまえば、努力しなくても、行動は自然についてくるのだ。

『見えること』----それは企業の根本的な競争力であり、生命線なのである。(『見える化』まえがきより)

フリーランスの私は一人株式会社を経営しているようなものだ。ところが、長年、ビジネスや製造現場を取材してきたというのに、実生活にはその成果がさっぱり活かされていない。近藤麻理恵嬢がベストセラーをとばし、私が売れないのも、大いに納得できるというものだ。3連休はせいぜい書斎の徹底的な「見える化」を図るとしよう。



 小田原だるま料理店
2011年09月13日 (火) | 編集 |
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叔父が入院中の病院の前に、だるま料理店がある。

小田原通の友人によれば、「小田原といえばだるま」というくらい有名なお店らしい。

明治26年に創業した老舗だが、最初の建物は関東大震災で損壊し、

登録有形文化財に登録されている現在の建物は、大正15年に建て替えたものだという。

私の不出来な写真ではその魅力が伝わらないが、だるま料理店のホームページに

素晴らしい写真がたくさん掲載されているので、ぜひ一度ご覧あれ。

今日はそのだるま料理店で、東京から同行した親戚と一緒ににランチをした。

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檜や杉がふんだんに使われた店内はレトロで重厚感があるが、

1階は食堂というだけあって、いたって庶民的な雰囲気なので驚いた。

店員さんに「お勧めはなんですか?」と聞くと、「天丼と活きあじのお寿司です」とのこと。

天丼は1,050円と値段もリーズナブル。

結局、4人のうち2人は天丼を、私ともう一人は天丼はちょっと重たいということで、

てんぷらとおさしみがセットになった梅定食1,480円を注文することにした。

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お味の方はというと、ごはんが少々ぱさぱさしているのが気になったが、どちらも普通においしい。

正直、てんぷらは、銀座の天一や天國本店の方が上だと思うけれど、

雰囲気とお値段を勘案すれば、訪れる価値多いにありだと思う。

ちなみに、2階は御座敷になっていて、伊勢海老や懐石料理のコース専門のようだ。。

都合があって入店したのは11時過ぎとえらく早かったのだが、

小田原駅東口から徒歩7分と特にアクセスがいいわけでもないのに、すごい人気なので驚いた。

ガイドブックかなにかに載っているのかもしれない。

魚好きの叔父が退院したら、ここで一緒に食事をしたいものである。


 とんかつ井泉と上野公園のカフェを堪能
2011年09月11日 (日) | 編集 |
老舗とんかつ井泉でランチ

残暑とはいえ、さわやかに晴れわたった秋晴れの週末。

友人と二人、上野近辺の散策を楽しんだ。

遅めのランチは創業昭和5年のとんかつ井泉。

先日、週刊文春でもとりあげられていたが、「お箸で切れる柔らかいとんかつ」がウリである。

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まず、メインがくるまで、カニサラダを二人でシェアすることに。

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そして、井泉がはじめてという友人はヒレかつ定食、

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私はひと口かつ、エビフライ、ほたて、カニクリームコロッケの盛り合わせ定食をオーダー。

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「ああ、このお味噌汁、おいし~い♪」

「カツもおいしいわよ~♪」

至福の雄叫びを挙げつつ、美味な揚げ物を死にもの狂いでほおばる、妙齢の美女? 二人。

井泉には高校時代から通っているが、味もメニューも変えない頑固さがうれしい。

気が付くと、時間をずらせたつもりなのに、店内にも外にも、かなりの人数の行列が。

が、無言のプレッシャーに負けじと、ごはんも大盛りキャベツもすべて平らげ、大満足のうちに店を後にした。


上野公園でカフェと甘味処を満喫


次に向かったのは上野恩寵公園。入口で西郷南洲翁が迎えてくれた。

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緑豊かな上野公園は、散策するだけで心癒されるお気に入りのスポットだ。

目指したのは東京国立博物館 平成館で開催されている「空海と密教美術」展。

マンダラのパワーを浴びたいと思ったのだが、夏休みが終わっても混んでいる様子。

カフェも30分待ちと言われ、あっさり断念。友人の提案で、東京文化会館のcafe Hibikiでお茶することにした。

ここはセルフスタイルで、カウンターの前に行列ができていたが、

オープンエアのスペースは広々としていて、席は十分にあった。

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冷えたシードル(りんごの発泡酒)が蒸し暑い昼下がりにぴったりで、心地より時間が過ぎていく。

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と、そこに電話が入り、もう一人、共通の友達がジョインすることになり、河岸を変えることに。

友人が指定したお店は動物園のすぐそばにある甘味処「新鶯亭」。

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ここでは名物の鶯団子と白玉入りのお汁粉の上に氷を載せた冷しるこを注文。

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三つ味が楽しめる鶯団子も美味だが、冷しるこの素朴な味わいも捨てがたい。

女三人話がはずみ、気が付けば、17時の閉店時間に・・・。

空海には会えなかったけれど、青空の下、グルメとおしゃべりを満喫した1日だった。


 片山洋次郎さんにガッテン
2011年09月09日 (金) | 編集 |
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今では考えられないが、たくさんの仕事を抱えてフル回転していた時期があった。

いつもモーターが回りっぱなしみたいな状態で、しばらくすると、昼日中にものすごい眠気に襲われるようになった。ナルコレプシーのように会議中に眠ってしまうほどではないけれど、お腹の中から手が2本でてきて、底なし沼に引きずりこまれるような眠気・・・。

睡眠不足のわけではない。元来、7時間は眠らないと頭が回らないたちで、睡眠はとるようにしていた。

それなのに、眠い。

何か原因があるに違いないと、レディスクリニックや心療内科、慢性疲労症候群で有名な医師のところまで訪ね歩いたが、「眠れすぎる」という患者に医師は冷たく、全く相手にされないか、見当違いの診断を下されるだけだった。

そんなとき手にしたのが、整体師・片山洋次郎さんの本『骨盤にきく』『整体から見る気と身体』だった。

読んで、救われた気がした。

『骨盤にきく』の中に、毎日仕事中に激しい眠気に襲われて我慢できない状態になったある五十代の男性の話があった。診察したところ、ちょうど骨盤が拡がりきっていて、あと一年半ほどで回復するのではないかという予測を立てたら、結果としてちょうどそのころに治ってしまったという。

身体の変動期というのは、二年というのが一つの単位らしい。その時期、最初に骨盤がゆるんだときにしっかり休ませないと、次の変動期までずるずると体調の悪さをひきずってしまうらしい。骨盤はゆるみきらせてはじめて、次の力がでるのだ。

それを読んではじめて、「ああ、私はいま身体の変動期にいるんだな。要するに、トシってことだ」と納得した。

片山さんのすごさは、健康について解説してるだけでなく、それが生き方とか文明論になっているところだ。
たとえば、休むということについて、彼はこう言っている。

「休めるというのが一番積極的なんです。」

「実際には、一人の人間が休むということは、周りの人間がそれだけ何かしなきゃいけないということで、そういう意味で大変です。

休むというのは、消極的じゃなくて、積極的にやらないとできません。」


思わず「うん、うん」と頷いてしまった。

というのも、14年前に検査で慢性B型肝炎であることが発覚したとき、その場で入院を勧められたのだが、家庭の事情があって休めなかったからだ。休むという行為は、周囲の人間、特に家族に余裕がないと出来ないものなのだ。

リーマンショック以降、あんなに忙しい時期があったのが嘘のように仕事が減ってしまった。二年余りも積極的に休んだせいか(韓ドラを見てて、昼寝してるだけという噂もあるが)、いつの間にか、あの猛烈な眠気は消えていた。

休むということだけでなく、「自立」ということに対しても、片山さんの考え方は世間一般とはかなり違う。
頑張って何かをやっている人が、精神的に自立しているかというと、そうともいえないというのだ。

「何かを頑張ってやるということは、人に評価されたいためかもしれないわけです。
それは、決して自立しているわけではなくて、人に頼っているわけですね。」


人の評価は気まぐれだから、「人気」に依存しているスターはいつも不安で、突然命を絶ってしまったりする。誰々が自殺したというニュースを聞くたびに、片山さんの言葉を思い出す。

慢性B型肝炎は落ち着いているけれど、完治したわけではないから、肝機能の数値がアップダウンしていたころは、基準値をオーバーするたびに、足元で地面が揺れるような感覚を味わっていたものだ。健康でないということが、こんなに心を不安にするものなのかと、その事実にショックを受けた。

その体験があるから、片山さんの言葉がすっと心に入るのだ。

「真の自信というのは、自分の内側から湧き上がるものです。」

「骨盤の動きに弾力があって深い呼吸ができてはじめて、身体の内側から満ち足りた感覚が生まれます。

 自分が十全に力を出しきることができるという確信は、勝手に根拠なく身体から湧いてくるものです。

 その揺るぎない感覚に基づいて、「いま・ここ」に集中して生きる。

 内なる身体感覚に従って生きることのみが、“自信”の根拠なのです。」


ありがとう、片山さん。
あなたの言葉に押されて、一生分、休めました。


 愛猫は書斎がお好き
2011年09月07日 (水) | 編集 |
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自他ともに認める猫好きである。

生家は宮大工が建てた天井の高い日本家屋だったので、鼠予防にずっと猫を飼っていた。
家業が海産物問屋で魚が身近にあったことも理由の一つかもしれない。

これまで、たくさんの猫と暮らしてきたが、とりわけ思い入れのある猫は、
生まれたばかりでもらわれてきたミイである。

彼女とは20年近く同じ屋根の下で暮らし、亡くなる前の日は同じ布団で眠った。
亡くなった日の朝、ベッドの上から私の顔をじっと見ていた。
「○○ちゃんの将来が心配だニャ~」という無言の声が胸に響いた。

その日の夜、ダイニングテーブルのまん真ん中で(いつもその上で食事していた)、
母になでられながら、静かに息をひきとった。

いまでも悔やまれるのは、外出していて、臨終に立ち会えなかったことだ。
子供のときから泣かないので有名だが、ミイの亡骸を抱いてわんわん泣いた。
母は「顔に老人班ができて、歯も抜けちゃって、これ以上、生きろという方が可哀そうよ」と言った。

ちゃんと生きている動物は、自分の死期がわかるらしい。
ミイは死ぬ10日前からどんなに勧めても食事を一切とらなくなった。
最後はおしっこもお湯のように透明で臭いもなくなり、内臓まできれいになって、剥製みたいだった。

それから、賢婦二猫に交えずと喪に服し、もう猫は飼わないつもりで暮らしていた。

けれども、いま私の傍らには、愛猫マリンがいる。
母が亡くなった日に、お台場海浜公園で保護された猫娘だ。

母が亡くなった翌日、私は天然色の夢を見た。
「○○ちゃん、私決めたわ。この家に住むことに決めたわ」と母は言った。
目が覚めたら、ピンクのシクラメンの中に、一つだけ真っ赤な花が咲いていた。

そして、縁あって、マリンはやってきた。

お世話して下さった方によれば、猫風邪にかかって失明寸前、
痩せこけて汚く、もう少しで天国行きだったそうだ。

だが、3ヵ月で幅は3倍に、身長もずいぶん伸びた。
推定5歳から7歳の大人でも、幸せだと成長するらしい。

マリンは怠け者の私より勤勉である。

朝6時前に起きて母(私)の顔をはたき、一緒に階段を駆け下り、
庭に出て新鮮な空気を吸ってから朝食を食べ、9時前には書斎に入る。

猫の仕事は寝ることだ。
ライターの仕事は書くことである。
だから、私たちは今日も、銘々の使命に励む。

もう、猫のいない生活がどんなだったか、思い出すことはできない。

いまの夢は、マリンが安心して昇天できるような、立派な物書きになることだ。

 ボルダリングって人生に似てる?
2011年09月06日 (火) | 編集 |
東日本大震災以来、津波に対する警戒心もあって、夫婦共通の趣味だったシーカヤックからすっかり遠ざかってしまった。 その代わりといっては何だが、節電のためのサマータイム導入と共に、私たちの前に突如現れたのがボルダリングである。

ボルダリングとは“ボルダー(岩ころ)"を使って石の壁を登ること。フリークライミングという呼び方の方が馴染みがいいかもしれない。ちなみに、オリンピックのマラソン選手がよく高地トレーニングしている米国コロラド州のボルダーは、岩ころがたくさんあることが地名の由来だそうだ。


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夫からはじめてボルダリングに行こうと誘われたときは、「なんで私が?」と思ったものだ。自慢ではないが、典型的な文系で運動神経ゼロ。生まれ育ったのは銀座から徒歩圏の都会のど真ん中で、若いときは自然の中に長くいると体調が悪くなるような人間だった。ところが、実際にやってみると、これが意外と面白いのである。久しぶりにランチをした友人に熱っぽくボルダリングの魅力について語り、「はじめたばかりでそれだけ熱弁がふるえるなんて、相当ハマってるのね」と呆れられてしまったほどだ。ちなみに、偶然にも彼女のご主人はもう1年もジムに通っている大先輩だった。

というわけで、なぜ運動オンチかつ中年のオバサンである私がボルダリングにハマってしまったのか、その要因を整理してみた。

一つは単純に、壁が綺麗で可愛いこと。私たちが通っているのは山ではなく、T-Wallという室内のクライミングジムである。ジムの中は傾斜の異なる数面のコンクリートの壁があって、色とりどりのボルダー(岩の突起)が打ち付けられている。そのカラフルさがなんだか保育園みたいな感じでワクワクするのである。ちなみに、上の写真はその江戸川橋店で夫の同僚&私が師匠と仰ぐK氏の撮影によるもの。週末には家から近い大岡山店に行くことが多いが、夏休みには近所の子供たちがお母さんに連れられて、山猿のようにどんどん壁を登っていた。

二つ目は身体一つでできるシンプルかつ安価なスポーツだということ。必要なのは専用のシューズとチョークという滑り止めの白い粉だけ。それもお金を払えばジムで貸してくれるから、Tシャツと動きやすいパンツがあればOK。私は3回目にマイシューズを購入したが、1万2千円くらいだったから、ダイビングやゴルフに比べればはるかに安い。

三つ目は課題をクリアするのが楽しいことである。ボルダリングにはグレードというものがある。どんなボルダー(石の突起)でも使っていいのなら、たかが3~4メートルの壁だから、傾斜さえなければ上まで登るのはなんてことない。ところが、課題によって難しさを表すグレードが付いていて、たとえばピンクの1という課題だったら、ピンク1のテープが貼ってあるボルダーしか使ってはいけないことになっている。グレードが高くなればなるほど、ボルダーとボルダーの間が離れていたり、ボルダーの持つ部分がほとんどなかったりして、難易度が上がっていくのである。また、手だけ指定されていて、足は自由に動かしていい課題と、手も足も決まっている課題があり、手足が限定されているものは、目で探すのも大変なので、手だけのものより難しい。

そして四つ目は、他のクライマー(というのかな?)との交流があること。ボルダリングは一つの壁面に一人しか登ってはいけない規則になっている。万が一、上から落ちてきた場合、後から登っている人間が巻き添えになって危険だからだ。そのため、混んでいるときは、4~5人の人が壁面にいる人の登り方を眺めていることになる。これが非常に参考になるうえ、各々個性があって面白い。20代とおぼしきバレリーナのような華奢な女性が柔らかい体を武器に軽々と登っていたり、60代前半に見えるおじさまが仙人のごとく、ゆっくり確実な足さばきで難題をクリアしていったり。たまに、二度、三度と挑んでもクリアできない課題があると、「こうしたらどうかな?」なんて同じ壁面を使っている人からアドバイスをもらえることもある。

「一人黙々と筋トレしてるスポーツジムより、よっぽど人間的で知的なスポーツじゃない!」

そう思った瞬間、かなりボルダリングが好きになっていた。ボルダリングって、公文式のドリルやピアノのレッスンみたいに、着実に課題をクリアしていく真面目さと、「怖い、私にはムリ!」と思っても、上にいくために、ときには勇気をふりしぼって離れた岩にジャンプしたり、片手で岩につかまったりする度胸が求められるのだ。

「チャレンジしたら下に落ちるかもしれない。だけど、チャンスに飛びつかないと、次に進めない。ボルダリングって、人生に似ている・・・」

友人たちを誘うと「クライミングは危険なスポーツだから・・・」とか言われて、反応はすこぶる悪い。その気持ちもわからなくない。ジムでは壁の下に分厚いマットが敷いてあって、怪我をしないようになっているし、一度落ちたことがあるけど、まったく痛くなかった。それでも、足を踏み外して落ちるのはやっぱり怖い。とはいえ、クライミングジムでやっている分には、冬の雪山に登って遭難したり、サーフィンの最中に波にのまれたりすることはない。自然の脅威にさらされる多くのスポーツよりよほど安全なことは確かである。ですから、中高年のみなさん、是非一度、ボルダリングにトライしてみて下さいね!

次回はボルダリングの道具についてご紹介するつもりです。どうぞお楽しみに~




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