観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 結婚10周年のイブディナーは愛猫と
2012年12月25日 (火) | 編集 |
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 私たち夫婦と愛猫&猫妻マリンの結婚記念日は12月24日のクリスマス・イブである。結婚式は22日だったけれど、記念日を忘れないように届けは24日に出した。早いもので今年は結婚10周年。毎年イブと記念日のディナーはマリンを「マッチ売りの猫」にしないために、私が料理して家でお祝いすることにしている。特に今年は10年目の記念すべき年なので、マリンも参加できるようにメニューにお刺身も加えることにした。 
 というわけで、写真がデザートを除く今年のディナーである。メニューは次のとおり。

 ・鳥の丸焼きに野菜添え
 ・タイの白いスープ(Kanokuwan?)
 ・サーマン、ホタテ、ハマチ、マグロの刺身
 ・シーザーサラダとサウザンアイランドドレッシング
 ・PAULのフランスパン
 ・シャンパン風ジュース

 記念の年なので、鳥は千葉から水郷鳥を取り寄せ、新機軸として昨年タイに行ったとき購入したKanokuwanというペーストを使って、夫がタイ料理で一番好きというココナッツミルクを使ったエビ入りの白いスープを作ってみた。作り方はとっても簡単で、写真のペーストとココナッツミルクを温め、エビや鶏肉、マッシュルームや好きな野菜などを入れて煮るだけ。料理というほど胸を張るものではないが、お店の味に近いなかなかの美味であった。水郷鳥もなかなかいいお値段だったけど、しっとりした味わいでおいしかった。

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 デザートは家の近くにできたシュクレリーナードというフランス菓子専門店でショートケーキとザッハトルテとチーズケーキを購入し、3種盛りにしてみた。ここは久保直子さんという女性のパティシエの店らしいが、ケーキはもちろん、焼き菓子もあまり甘くなくてすべておいしいので重宝している。

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 余談だが、写真を撮った段階で夫の姿はまだないが、マリンは呼ばなくても既に席についている。既にまぐろの刺身を2切れとホタテを1切れ食しているため、食卓に上ったり、手をだしたりせずにお行儀よくディナー開始を待っているのである。

 昔、実家で20年間飼っていた愛猫ミイは食卓に上がって自分のお皿で食事していた。綺麗好きの親戚から「あの家では茶も飲まん(広島弁)」と言われたことがある。それを考えればマリンはかなりお行儀がいい。私はマリンと一緒に暮らすようになって免疫力があがり、肝臓の数値も絶好調である。猫好きの健康にとって大切なのは、雑菌よりも飼い猫の幸せのようだ。

 猫を妻にしてくれた心の広い夫には心から感謝している。お蔭でマリンは厳寒の冬もリゾートさながら、去年のクリスマスプレゼントである湯たんぽに、今年のプレゼントであるピンクの首輪を身に着け、新たに購入したピンクのふわふわバスタオルを巻いた寝床で片足を天国に入れて眠っている。このリラックスチェアは冬の間、マリンの独占状態で、私は滅多に座ることがない。

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 20周年にマリンは傍にいてくれるだろうか? 来年は推定16~17歳だから、いたら化け猫になってしまうけれど、遠い未来を考えても仕方ない。とりあえず、1日1日を大切に、猫を中心とした平和な家庭生活を更新していきたいものである。
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 愛猫は書斎がお好き
2011年09月07日 (水) | 編集 |
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自他ともに認める猫好きである。

生家は宮大工が建てた天井の高い日本家屋だったので、鼠予防にずっと猫を飼っていた。
家業が海産物問屋で魚が身近にあったことも理由の一つかもしれない。

これまで、たくさんの猫と暮らしてきたが、とりわけ思い入れのある猫は、
生まれたばかりでもらわれてきたミイである。

彼女とは20年近く同じ屋根の下で暮らし、亡くなる前の日は同じ布団で眠った。
亡くなった日の朝、ベッドの上から私の顔をじっと見ていた。
「○○ちゃんの将来が心配だニャ~」という無言の声が胸に響いた。

その日の夜、ダイニングテーブルのまん真ん中で(いつもその上で食事していた)、
母になでられながら、静かに息をひきとった。

いまでも悔やまれるのは、外出していて、臨終に立ち会えなかったことだ。
子供のときから泣かないので有名だが、ミイの亡骸を抱いてわんわん泣いた。
母は「顔に老人班ができて、歯も抜けちゃって、これ以上、生きろという方が可哀そうよ」と言った。

ちゃんと生きている動物は、自分の死期がわかるらしい。
ミイは死ぬ10日前からどんなに勧めても食事を一切とらなくなった。
最後はおしっこもお湯のように透明で臭いもなくなり、内臓まできれいになって、剥製みたいだった。

それから、賢婦二猫に交えずと喪に服し、もう猫は飼わないつもりで暮らしていた。

けれども、いま私の傍らには、愛猫マリンがいる。
母が亡くなった日に、お台場海浜公園で保護された猫娘だ。

母が亡くなった翌日、私は天然色の夢を見た。
「○○ちゃん、私決めたわ。この家に住むことに決めたわ」と母は言った。
目が覚めたら、ピンクのシクラメンの中に、一つだけ真っ赤な花が咲いていた。

そして、縁あって、マリンはやってきた。

お世話して下さった方によれば、猫風邪にかかって失明寸前、
痩せこけて汚く、もう少しで天国行きだったそうだ。

だが、3ヵ月で幅は3倍に、身長もずいぶん伸びた。
推定5歳から7歳の大人でも、幸せだと成長するらしい。

マリンは怠け者の私より勤勉である。

朝6時前に起きて母(私)の顔をはたき、一緒に階段を駆け下り、
庭に出て新鮮な空気を吸ってから朝食を食べ、9時前には書斎に入る。

猫の仕事は寝ることだ。
ライターの仕事は書くことである。
だから、私たちは今日も、銘々の使命に励む。

もう、猫のいない生活がどんなだったか、思い出すことはできない。

いまの夢は、マリンが安心して昇天できるような、立派な物書きになることだ。

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