観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 晴天のジューンブライド
2013年06月03日 (月) | 編集 |
 今日(正確には昨日)はライターの後輩Yさんの結婚式にお招きいただきました。天気予報では雨で寒いと聞いていたので、「せっかくなのに残念!」と思っていたら、雲一つない青空が広がって、幸せいっぱいのジューンブライトです。

  お式は彼女が幼少の頃から通っていた杉並区のカトリック教会でした。緑の多い閑静な住宅街の中にある立派な教会で、ステンドグラスがとても綺麗でした。2階のパイプオルゴンの荘厳な響き、独唱の「愛の賛歌」(ピアフのじゃなく、聖書のです)の言葉も一つひとつ胸に響いて、とてもよいお式だったと思います

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 もう同級生や周囲の友だちに結婚しなさそうだし、姪や甥が結婚するのは早くて数年先だろうから、当分、結婚式に出ることはないと思っていたので、連絡をもらったときはビックリするやら、嬉しいやら。しかも、新居はうちの最寄駅から5分のところというので、なおさらです。

 式の後は教会の前でフラワーシャワーやシャンパンでの乾杯など、ガーデンパーティのような時間もあって、ホームチャーチならではの温かい雰囲気にほっこりし、留学時代、ハーバード大学で結婚した知人の結婚式に出席したことを思い出してしまいました。 

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 Yさんは社会人入学で博士課程に通う可愛さと知性を併せもった素敵な女性ですが、なぜか40代の声をきくまでご縁に恵まれませんでした。それが、お友達の紹介で5歳年上のご主人と出会い、1年お付き合いして、ゴールインの運びとなったそうです。

 披露宴で語られたなれそめの話によると、第一印象は「う~ん」という感じだったそうですが(笑)、自分の愚痴やクレームに実に根気よく耳を傾けてくれて、意見の衝突とか問題があったときに、新郎が予想もしないような+αをつけたリアクションを返してくれるので、「この人、すごいかも」とその人間性と包容力に惹かれていったそうです。

 司会(お隣に住んでいる78歳のダンディな方で、とびっきりステキでした!)の方が、「それはなれそめではなく、おのろけですね」とコメントしたら、Yさんが豪快かつすごく嬉しそうに笑っていたのが印象的でした。様のイキな図らいで、最適なときにライトパーソンと巡りあったわけですね。

 新婦がオペラ椿姫から「乾杯の歌」を披露したと思ったら、新郎はお庭でテコンドー(3段らしい)の演武を見せてくれて、ブルース・リーみたいにヌンチャクも振ってました。結婚式で演武を見たのは初めてですが、やはり、気持ちだけでなく、実際に「強い」男性は頼りがいがあっていいですね。

 友人の結婚式には20回以上でていますが、20代前半の結婚と40代では、結婚の意味合いとか、安定感がまるで違うように思います。40代になると新郎はもう社会で管理職ですし、新婦もキャリアをしっかりつんでます。もう、親なしでやっていける2人が、それでも2人で暮らしていこうと決めたわけで、地に足がついていて、安心して見ていられます。

 およばれされたお友達のコメントやご両親・ご親戚の方たちの様子を見ていても、お2人が大勢の人たちから愛され、またそれに価する人たちであることがよくわかり、とてもよい結婚式でした。私も幸せのお裾分けをしてもらい、ハッピーな気持ちで家路につくことができました。

 お二人とも、本当におめでとうございます。末永くお幸せにね!!

(余談)

 教会で独唱のあった「愛の賛歌」は、参列者が唱和することはあっても、歌になったのを聴いたのは初めてだったのですが、これがとてもよくて感動してしまいました。アメリカにいた頃は毎週熱心に教会に通い、聖書の勉強会にまで出ていたのに、すっかり教会生活から遠ざかっていますが、改めて聖書の言葉を目にすると、改めて「人が実践できないムリなことを要求することで」自分が何者かわからせる力強さがあるなあ、と感心しました。
 信仰があっても、愛がなければ意味がないと言ってるんですから、かなりラディカルですよね。エセ信者より、真心のある隣のおじさんの方がいいよってわけですから。なので、自分のために、最後に愛の賛歌をかきつけておこうと思います。

          たとえ人と天使のことばを話しても、
            愛がなければ鳴るどらのよう。
       また、預言する力を持ち、すべての知識に通じていても、
    山を移すほどの深い信仰を持っていても愛がなければ無にひとしい。
    また、持っているものすべてを施し、体を焼かれるために渡しても、
            愛がなければ、むなしい。
      愛は 心ひろく、なさけあつく、愛は ねたまず、高ぶらない。
      礼にそむかず、利をもとめず、いきどおらず、恨みをいだかず、
        不正をよろこばず、真実をよろこび、すべてを包み、
        すべてを信じ、すべてを希望し、すべてを耐え忍ぶ。
            愛は いつまでも 絶えることがない。
          誇ろうとして我が身を死に引き渡そうとも、
          愛がなければ、わたしに何の益もない。
            愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。
       愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、
        苛立たず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
          すべてを許し、すべてを信じ、すべてを希望し、
                 すべてを耐え忍ぶ。
            愛はいつまでも絶えることが無い。

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 大雪とプリンセストヨトミとポルターガイスト
2013年01月15日 (火) | 編集 |
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3連休の最終日、成人の日は大雪になりました。20歳の姪は出身高校の同窓会にパーティドレスを着て出席すると言っていたけれど、この雪でハイヒールというのは、草履より大変だろうと外に出てみたら、東京とは思えない雪景色でした。子供なら大喜びでしょうけれど、これでは車も出せません。冬の寒さにもめげず、元気に花をつけていた菊も雪の重さに耐えられず、枝がたれさがっておりました。

こんな日は撮りためた映画を見ようということで、邦画「プリンセストヨトミ」とスピルバーグ制作のホラー映画「ポルターガイスト」を見ました。夫は最近、テレビドラマ「JIN-仁-」の再放送で綾瀬はるかにハマってしまい、嫌いだった邦画も意に返さない変わりよう。はるかちゃんが出るならなんでもいいんです(笑。

「プリンセストヨトミ」は人気作家万城目学の小説が原作です。豊臣秀頼の子孫であるプリンセスが現代の大阪に生きていて、そのプリンセスを守るOJOなる地下組織「大阪国」が存在し、35年間で175億円もの補助金がその組織に流れていたのを東京から来た会計検査院の3人松平元(堤真一)、鳥居忠子(綾瀬はるか)、旭ゲーンズブール(岡田将生)の検査が発端となって発覚し、大阪国独立運動という騒動に発展するというトンデモ話です。

発想自体はとっても面白いし、私は最後まで退屈せず見ることはできたのですが、夫は最後の15分位寝てましたね(笑。途中で大阪の機能が完全にマヒしちゃうんですが、大阪中の男が仕事を放り出して一箇所に集まったりしたら、その時点でテレビ中継とかされちゃって、大騒ぎにならないはずないですよね。それが、大阪出身で父親が大阪国のメンバーだった松平元の目こぼしで、何事もなかったように収まってハッピーエンドは余りにも不自然で、亡くなったはずのお父さん(平田満)と廊下を歩くシーンで100%感動できないんですよね。脚本というのは、1箇所でもひっかかりがあると、リアリティが半減じゃなくて、80%減くらいになってしまうものだと痛感させられました。

夫曰く、「仁には遠く及ばない。タダだからいいけど、これに映画館で金を払えるか!」と。要するに、綾瀬はるかと恋に落ちたと思っている日本中の男たちも、結局は、橘咲というキャラクターに惚れているってことですよね。

脚本という点でやはりさすがだと思ったのが、2本目に見た「ポルターガイスト」。この映画、スピルバーグが1982年に製作したもので、当時彼は「E.T.」を撮影していたので、監督をトビー・フーパーに任せたんだそうです。見るまではゲテモノだと馬鹿にしていたのですが、無駄なシーンがなく緊密で、しかも怖いシーンの連続なので、仕事しようと思いつつ、見始めたら最後までやめられませんでした。

ポルターガイストというのは、家の中で物がひとりでに動きだすという超常現象のことです。日本的に言うと、成仏できない地縛霊みたいなものの仕業らしいです。江戸時代に日本でもそういうことが起きたという記録が残っているようですね。

恐ろしいと思ったのは、この映画の関係者が何人も若死にしていることです。例えば、長女ダナ役のドミニク・ダンは映画の公開直後に22歳で交際相手に殺害されたそうですし、3シリーズ全てに出演した末娘役の子役ヘザー・オルークはクローン病にかかり、3作目が完成してから4ヶ月後に12歳で急死。そのほか、2作目のケイン牧師役ジュリアン・ベックが公開前に胃癌で死去、祈祷師テイラー役ウィル・サンプソンが公開翌年に腎臓疾患で死去。2作目の監督ブライアン・ギブソンも2004年にユーイング肉腫で死去しています

歌舞伎では四谷怪談を演じる俳優はその前に必ずお参りに行きますが、ポルターガイストの撮影にもお祓いが必要だったのかもしれません。肉体がこの世から去ってもモノを動かしたり人にとり憑く力があるということは、やはり魂は不滅ということでしょうか。それならそれで、人を助ける魂になりたいものです。



 山中湖畔の紅葉まつり
2012年11月11日 (日) | 編集 |
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 先週末、ちょっと仕事がひと息ついて、富士山の麓、富士の山中湖畔の「夕焼け渚紅葉まつり紅葉祭り」に行ってきた(1週間後にアップって、ブログじゃないですね。スミマセン)。もう3年くらい、この時期になると紅葉まつりに行っているのだが、いつも昼間に紅葉を見て、夕方「紅富士の湯」に寄って帰ってくるというパターンなので、夕陽に沈む富士とライトアップされた紅葉を見るのは今年初めてだった。

 今の時期は4時半位には暗くなってしまうのだが、紅葉まつりの会場に行く途中、大勢の人たちが「ダイヤモンド富士」を撮ろうと集まっているスポットがあった。ダイヤモンド富士というのは、富士山の山頂部と太陽が重なる大気光学現象だそうだ。で、私が撮ってみた写真がこれ。

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 ちょっとピントがずれていて、まだ太陽は山頂に重なっていないけれど、なかなか縁起のよさそうな写真ではないかと思っている。 

さて、会場に到着した頃には、まだ陽は完全に沈んでおらず、紅葉はこんな感じだった。

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 それが約1キロの歩道を歩いて最奥の富士山撮影スポットまで行くと、まさに陽が沈まんとして、こんな写真が撮れた。なかなか幻想的である。

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 帰りはすっかり暗くなって、ライトアップされた紅葉は燃えるよう。夢中でシャッターを切ったらので、何十枚も撮ってしまった。

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 余談になるが、紅葉見物の前にほうとうで有名な「甲州ほうとう小作」で遅い昼食をとった。1時頃行ったらあまりに混んでいたので、道志村の道の駅道志で時間をつぶし、やっとありつけた昼食である。この写真は「ちゃんこほうとう」で1600円なり。うずらの卵が入っていて、なかなか美味。身体がすっかり温まった。しかし、ここに行くなら11時とか、3時とか、よほど時間をずらさないと激混みなので、ご用心されたし。

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 来月、私たち夫婦は結婚10周年を迎える。毎年の恒例行事とか、毎週行く温泉とか、月日が経つにつれ決まった行動パターンのようなものが出来てきたような気がするが、愛猫マリンが怖いので、“お泊まりなし”が鉄則である。猫愛は節約にも有効なのだ。ありがとう、マリン!

 エドモントホテルのランチビュッフェ
2012年08月20日 (月) | 編集 |
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 週末2日のうち、どちらか1日のランチは必ず外食している。私は料理するのが苦ではないけれど、夫は天気のよい日は外に出ないと気が晴れないらしい。いつもなら葉山にでも行くところだが、夏休み中の海は混んでいるだろうということで、飯田橋にあるエドモントホテルのビュッフェに行くことにした。

 ここのホテル、地味だけれど実はフレンチも中華も日本食も、何を食べてもおいしい。ビュッフェも休日2800円とリーズナブルだけれど、種類も多く、味もいい。会社のそばにあるので、夫は仕事がらみで平日2000円のビュッフェを食べることがあるらしいが、いつもおいしいそうだ。

 「日曜だし、飯田橋だから、きっと空いてるよね」といいながら出かけたのだが、意外にも結構混んでいた。エドモントの正式名称は「ホテル メトロポリタン エドモント」で、JRグループだから、JR関係の人もたくさん来ているのかもしれない。とはいえ、予約しなくても席はちゃんと空いていて、緑が見える窓際の席をチョイス。先週は暑気あたりで体調が最悪だったので、エアコンの風を避けたかったのだ。

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 今日はカニがあって、得した気分。サラダとパンとパンプキンスープだけでも十分なランチになりそうだが、ビュッフェだとどうしても全種類試したくて、少しずつとることに。

 本当にすべておいしかったのだけど、特に印象に残ったのは「シーフードカレー(中辛)」。カレー好きな私だが、その前にたくさん食べているにも関わらず、なお絶品と思う味だった。ふだんカレーを食べない夫も絶賛していた。

 普段の3日分くらい食べてしまったのだが、やっぱりデザートは別腹だよねということで、こんな感じ。特にパッションフルーツ味のケーキが優れものだった。

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 食後は腹ごなしにちょっと散歩に。夫が連れていてくれたのが「ボリショイ」という管板のある不思議なビル。なんと、ボリショイサーカスの宣伝をやっていて、1階は「スパシーバ」というカフェなのだとか。なんで裏通りにそんなものがあるのだろうと思うし、そもそもボリショイサーカスなんて、日本でそんなに頻繁に公演しているのだろうか。夫いわく、近くに安い珈琲店がないので、平日は7,8割お客さんが入っているのだとか。

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 疑問を解こうと検索してみると、ボリショイは今年もちゃんと公演していた! しかも動物だって。これは面白そう。残念ながら今年の東京公演は終わってしまったけれど、来年はぜひトライしてみたい。
http://www.bolshoicircus.com/schedule/2012/plice/tokyo.html

 



 フルートアンサンブル カルミア 1stコンサート
2012年06月04日 (月) | 編集 |
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 今週末は2日続けて文化的な催しが続いた。日曜日の午後は親友Aちゃんのお招きを受けて、夫と共に蒲田にある大田区民アプリコ小ホールで開催された「フルートアンサンブル カルミア 1stコンサート」に足を運んだ。

 『カルミア』とは初夏に開花する別名アメリカンシャクナゲと呼ばれる花で、花言葉は『大きな希望』だそうだ。初めて耳にする花の名だったが、同じFC2ブログの中にフリー画像を提供されている方があったので、貼り付けてみたが、可憐で美しい花である。(花の詳細が知りたい方は、こちらへ)。

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 アンサンブル自体は2010年春に結成されたばかりだが、Aちゃんのフルート歴は学生時代からうん10年。昨年秋には帝国ホテルから依頼されて出張演奏しており、アマチュアとはいえ、相当レベルの高いメンバーが揃っているようだ。ふだんから武蔵野音楽大学講師の中嶋伸夫氏を迎えて指導を仰いでいるそうで、今日の演奏指揮も中嶋氏だった。

 これまで、オーケストラや管弦楽団の演奏会には行ったことがあるが、フルートだけで13人というのは初めてだし、フルートという楽器について何も知らないので、どんな演目が並んでいるのかと興味深々だったが、会場で渡されたプログラムは次のようなものだった。

プログラム

1. ディヴェルティメント         W.Aモーツァルト
2. セレナーデ              P.チャイコフスキー
3. テルツェット             A.ホフマイスター
4. 5本のフルートのためのコンチェルト  J.ボワモルティエ
5. 四重奏曲
  フィオリトューラ           八木澤教司
  コロラトューラ
6. サウンド・オブ・ミュージックメドレー  R.ロジャース
7. 花言葉                 田中久美子
   マーガレット
   コスモス
   ライラック
8. “くるみ割り人形”より「花のワルツ」  P.チャイコフスキー


 グループ名にちなんで、演目は初夏を思わせる爽やかなもの、花にちなんだものが多かった。印象に残ったものについて、感想を述べてみたい。

セレナーデ
この曲はテレビのコマーシャルやドラマでもよく使われていて有名なので、冒頭のターターターター、というメロディを耳にしたことのある人は多いだろう。ずいぶん前に、サントリーホールでオルフェウス室内管弦楽団の演奏を聴いたことがあるが、オルフェウスは弦楽器16名、管楽器10名が基本構成なので、ヴァイオリンやチェロといった弦楽器の音色が強く響き、力強い感じを受ける。朝の情景だとしたら、雲が割れてバッと黄金の光が差し込んでくるようなイメージだ。それが全部フルートになると、朝もやの中からうっすらとやわらかな陽がさしてくるやさしい情景が目に浮かぶから不思議である。色でいったら、穏やかなベージュとか、白い近いグレーのような感じ。楽器によって曲の印象はこうも違うものか。う~ん、こういう女性がいたら癒されるだろうなア、と思わせるのが、フルートの音色の魅力なのだと改めて実感。

テルツェット
プログラムによると、これを作曲したホフマイスターはモーツァルトと同時代のドイツの作曲家なのだそうだ。自身がフルーティスト(この名称も知らなかった!)で、多くのフルート作品を残しているらしい。しかし、彼の曲を聴くのは今日が初めてで、このような人がいることは全く知らなかった。Aちゃんを含む4名で演奏されたこの作品、「にわとり」「カッコウ」「ロバ」とそれぞれの動物の鳴き声がモチーフとして配されていて、可愛らしくて、明るかった。ドイツ人らしくない明るさかも。ウィキペディアによると、ホフマイスターの評価は作曲家としてより、音楽出版者としての方が高いらしいが、ベートーベンから“もっとも愛しい兄弟”と呼ばれているのだから、きっと音楽や楽器に造詣が深く、人柄がよかったのだろう。

四重奏曲 フィオリトューラ/コロラトューラこの2作は1975年生まれ、いま37歳の若き作曲家八木澤教司氏の作品である。「フィオリトューラ」の語源はイタリア語で“花の咲くこと”、「コロラトューラ」の方は“華やかな旋律”という意味合いがあるそうだが、印象としては、どちらもキラキラ輝く万華鏡を見ているような、あるいは華やかな衣装を身に付けた道化師が玉を両手にくるくる踊っているようなイメージで、日本人ばなれした感性、音のセンスのよさを感じた。現代にもこんなクラシック作品を作っている作曲家がいたなんて驚きだ。もちろん、そう思わせるのは演奏する人たちのテクニックがあればこそである。

ちなみに八木澤氏、東日本大震災のチャリティなどで有名になり、昨年の紅白歌合戦で夏川りみさんと秋川雅史さんが唄っていた「明日という日が」の作曲家なのだそうである。八木澤氏のホームページによると、もともとは2006年に第30回全日本合唱教育研究会全国大会のために作曲したもので、こんなふうに東日本大震災の被災者のために歌われることになろうとは、本人も思ってもいなかったらしい。

花 
日本人なら誰もが知っている滝廉太郎の名曲は、アンコールとして演奏されたもの。昨日の公開講座で聞いた幕末維新の留学生ではないが、滝廉太郎もまた、明治34年に日本人音楽家では二人目となるヨーロッパ留学生として東部ドイツの名門ライプツィヒ音楽院に入学したのに、わずか2ヶ月で結核を発病し、満23歳という若さで亡くなっている。故郷の大分で死ねたのがせめてもの救いかもしれない。この花が発表されたのは1900年。それから112年たっても、大勢の人によって演奏されたり、歌われたりしているなんて、短くとも花も実もある人生だなと、凡人の私としてはちょっぴり羨ましい。フルートを自由自在に操って、このような優美な曲を奏でられるAちゃんやメンバーの方々も羨ましいし、素敵だなと思う。

 2回の休憩をはさんで、約2時間のプログラムはあっと言う間だった。会場では大学卒業以来会っていなかった友達とも言葉を交わし、再会を誓って会場を後にした。

 Aちゃんとは実家が近く、3歳の時から家族ぐるみの付き合いがあり、小学校から大学までずっと同じ学校だった。奇縁というべきか、実家の場所は変わったのに、10数年前に私が同じ沿線に越してきて、高校時代の「観劇の友」が復活している。但し、竹馬の友でありながら、性格はまるで違う。Aちゃんは妻・母・仕事の一人3役をこなしつつ、フルートでも地道に努力を重ね、いつのまにかプロの領域に達してしまうような人。

 翻って私は、欲望の赴くまま気の向くまま、何でも手をだすけれど、一つとしてモノにならず、いたずらに年を重ねて今に至っている。夫からは、付き合っていた頃に聴かされたピアノの発表会の演奏があまりにひどかったので「大人が弾くというから上手いのかと思ったら、騙された! 決して西洋音楽に手を出すな」と厳命されている有様だ。でも、昔三味線をちょっと爪弾いたら、才能あるって言われたっけ。あと20年生きられたら、もしかして?? あくまで、希望だけは捨てずにおこう。

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