観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 「モリー先生との火曜日」“TUESDAYS WITH MORRIE”
2013年08月17日 (土) | 編集 |
モリー先生

 15日、16日は一緒に仕事でタグを組んでいる仲間2人が夏休みをとったので、フリーの私も自主休業を決め込み、一人で芝居1本と映画2本を見て参りました。酷暑の劇場や映画館はほんと、極楽ですねo(^▽^)o 15日に見たのが、加藤健一事務所の「モリー先生との火曜日」です。長~い感想なのですが、個人的に縁のある土地でのお話なので、備忘録として書いておきたいと思います。

 主役のモリー先生はカトケンさんこと加藤健一さん(64歳)、そして生徒で語り部であるミッチ・アルボム役はカトケンさんの長男の加藤義宗さん(33歳)で、二人芝居です。2010年の初演は高橋和也さん(44歳)だったので、今回のミッチは10歳以上若返ったことになります。義宗さんは長身のイケメンで、エリザベートのルドルフを演じたらぴったりという容姿の持ち主です。お父さんより足がずっと長くて、彫りが深いお顔なので、知らない人は親子だと気づかないかもしれません。
 
 前日にチケットを予約したのに、前から8列目のよいお席でした。「これが宝塚だったらなあ」と妄想にふける私。だって、本多劇場はオケもないし、役者さんが手が届くほど近いんですもの。観客は「老い」と「死」がテーマだけあって、年配の人が目立ちましたが、オペラグラスなんて誰も持っていません。コストパフォーマンス(5000円)からすれば、立ち見が出てもいい内容なので、端の方の席が空いていたのは残念でした。

 物語をパンフレットから抜粋しますと、「モリー先生との火曜日」はこんなストーリーです。原作はノンフィクションで実話をもとにした話です。

 人気スポーツライターとして活躍していたミッチは、ある日、深夜のニュース番組で、不治の病(筋委縮性側索硬化症)に冒された大学時代の恩師のモリー老教授をふと目にする。翌日、ミッチはモリー先生を訪ねる。16年ぶりに再会したモリー先生は、ミッチを温かく迎えてくれた。ミッチはモリー先生と言葉を交わすうちに自分の生き方にふと疑問を抱き始める。そして、毎週火曜日にモリー先生からの授業を受けることとなる。モリー先生の話は生きるとは、愛とは・・・。誰の心にも染み入る言葉に溢れていた。

 ミッチは学生時代、頻繁に先生の研究室を訪ね、一緒に食事をとるほど親しい関係だったんですね。彼は優秀で飛び級しているので、先生と出会ったときは17歳の少年でした。勉強もスポーツも何でも得意なミッチでしたが、夢はニューヨークにいる大好きな叔父さんから習ったピアノを活かして、ジャズピアニストになることでした。

 彼は卒業後、叔父さんのアパートに同居しながらクラブで演奏して夢を追いかけます。ところが、その叔父さんが突然すい臓がんで亡くなり、ミッチは地に足をつけて生きることを決意します。それと同時に、大学時代の友だちや人間関係を切り捨てて、手紙や印刷物が届いてもゴミ箱に放り投げていました。

 ミッチはコロンビア大学に進学し、修士号を取得。大手新聞社に入社し、やがてデトロイトのメディアに移籍して著名なコラムニストとなり、テレビやラジオにも出演するようになります。モリー先生をテレビ番組で見かけた頃、彼はジャズシンガーの恋人と婚約し、郊外に家を買い、車も2台所有して、順風満帆の人生を送っていました。

 モリー先生はそんな彼に「君は自分自身に満足しているかい?」と問いかけるのです。
「いいかい、ミッチ。死ぬというのは悲しいことだ。だが、不幸せに生きているってのは、もっともっと悲しいことだ」

 ミッチはそう言われて最初ムっとするんですね。成功している教え子になんでそんなことを言うのだろうって。私も最初、先生はひがんでるんじゃないかと思いました(笑)。金持ちに偏見を持ってるインテリじゃないかって。ですが、毎週火曜日に先生のもとに通うことになり、二人だけの講義が進むうち、最後にモリー先生の言葉の意味が明かされる仕掛けになっています。

 ミッチは先生に「デトロイトに行ったことはありますか」と尋ねるのですが、先生はわざと答えません。それなのに、ミッチの婚約者が先生のお見舞いにくると、「デトロイトはいいところだ」と言うのです。

 実は先生は10年前(だったと思う)、デトロイトに行ったとき、写真入りのミッチのコラムを新聞で読んで、彼の成功を喜んで、すぐに手紙を書いたんですね。でも、返事はきませんでした。きっとひどく失望したことでしょう。でも、16年ぶりにミッチに再会したとき、先生はその話をせず、笑顔で彼を受け入れたのです。おそらく、ミッチに会った瞬間から、先生にはミッチの状態や心の飢えを理解していたのでしょう。
 
 先生の講義のテーマは、「死」「恐れ」「老い」「欲望」「結婚」「家族」「社会」「許し」「人生の意味」などについてです。味わい深い言葉がたくさんあるのですが、特に心に残ったのは、次の言葉です。

「相手が100%間違っていて、自分が100%正しいと思っても、相手を許しなさい」


 自分のように体の自由がまったくきかない、死を目前にした状態になると、どちらが正しいとか間違っているとかいうのは、ささいなことに思える。許せばこの世か争いがなくなるのだと。
 死が目前に迫っていると知った先生は、ミッチの非礼を許そうと決めたのです。

 モリー先生はユダヤ人で、ロシア移民の父親は英語が話せませんでした。母親は8歳の時に亡くなり、9歳の時に弟がポリオにかかり、父親は強盗に入られて心臓発作で亡くなっています。恵まれた家庭の出身ではありません。

 ミッチが卒業するとき、先生はヘブライ語である言葉を贈ります。
 ミッチはヘブライ語がわからないので、その意味をわかろうともせずに忘れています。
 ところが、先生は最期に、同じ言葉を再びミッチに贈るのです。ミッチは16年前と同じようにヘブライ語はわからないと言います。すると先生はその言葉を英語に翻訳します。

「謙遜のあまり、自らの輝きを隠してはいけない」


 「コーチ(ミッチは先生をこう呼ぶ)、僕はこう見えても、けっこう輝いているんですが・・・」
 そう答えたミッチの手をとって、先生は自分の心臓の上に持っていき「そういう輝きじゃない。私が言っているのは、ここのことだ」と言うのです。

 私が知っているある教授は、自分が変わりたいと思った時に、それまで付き合っていた恋人と別れたそうです。新しい自分になるために、過去の自分を知っている人と決別したかったのです。ミッチが先生から離れたのも、そういうことだったのかなと思います。彼はがんの痛みにのたうちまわる叔父さんに何もしてあげられず、最後にエレベーター前で別れたときも、気の利いた言葉一つかけられず、無力感に打ちのめされます。そういう自分に別れを告げて、懸命に働き、社会の一角を占める立派な大人になろうと努力したのです。

 それ事態は間違った判断だったとは思いません。ですが、それと同時に、彼が学生時代に持っていた優しさ、純粋さ、無邪気さ、傷つきやすさといった感情に蓋をしてしまったんですね。モリー先生は死ぬ前に、ミッチの財産とも言える豊かな感情を取り戻して、幸せを味わって欲しいと願い、何千人という生徒の中から一人を選んで毎週授業を続けたのです。

 自分の限られた時間を人のために使うということが、愛情の最大の表現なのだと舞台を見終わって改めて思いました。メッセージが響いたのは、二人の演者のセリフが明瞭で、一つ一つの言葉が耳に残ったからにほかなりません。もっとも、ミッチ役の義宗さんは37歳のシワが出てきて、若手の台頭に焦りを感じる中年ライターにはまったく見えなくて、あと10年くらい経って再演した方がしっくりくるのかなと思いました。年齢より若々しい方なので。

 余談ですが、終演後に義宗さんがロギーでピアノ演奏されていました。舞台上では10曲全部をご自分で弾かれています。演奏が終わった義宗さんが横を通ると、後ろにいた女性が「なんてカッコいいの!!」と叫んでました。加藤健一事務所も歌舞伎のように、お父さんが開拓した演目を義宗さんが演じていくようになるのかもしれません。

 ミッチが学生時代を過ごしたブランダイス大学はボストン郊外にあって、経済とかビジネスで有名なユダヤ系の学生が多い大学です。私はミッチ・アルボムのように有名では“まったく”ありませんが(笑)、彼と同年代で、時期は違いますが、同じボストンにある大学に通っていたことがあります。
 デトロイトには取材で行きましたし、ニューヨークには観光や友だちを訪ねてよく行っていたので、この物語は私が青春を過ごした場所が全て出てくるので、本当に懐かしかったです。

 それともう一つ。モリー先生は78歳で亡くなりましたが、私も親しかった叔父を昨年78歳で亡くしました。その叔父とは生まれてから10歳まで同じ屋根の下で暮らし、デートにまで付いていったほどで、その奥さんの叔母とは姉妹のような関係です。もう1人の叔父は37歳をすい臓がんで亡くしたのも、ミッチと似ています。売れていないおかげで、叔母と共に叔父の最期を看取ることができました。お盆ということもあって、舞台を見ているうちに、自分が見送ってきた人たちと過ごした日々が蘇ってきて、劇場にいることでお盆の供養をしたような気分になりました。

 まだ現役で取材に飛び回っているけれど、「老い」も「死」も無縁とは言えない年齢になってきたのも事実です。ふだんは宝塚とか東宝ミュージカルとか、浮世離れした夢の世界に浸っている私ですが、8月は「春琴」(まだブログには報告していませんが)やこのモリー先生のように、ストレートプレイのよい芝居を見ることができました。ミッチのようにお金はありませんが、幸せです(笑)。キーボードの前で寝ている愛猫マリンもそう言っております。

marine1

 マリンはモリー先生よりずっと年上のはずですが、猛暑に負けず、元気です(^O^) マリンは私が万が一売れっ子になっても、こうやってデスクの上で一緒に仕事をしてくれるので、寂しがらせる心配はありません。それどころか、劇場にいないでもっとキーボードを叩けと言ってるような気がします。人の作品ばかり鑑賞していては、売れるはずないですからねぇ(反省)。
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 宝塚花組「戦国BASARA」
2013年06月30日 (日) | 編集 |
basara.jpg

 先週の金曜日、花組の「戦国BASARA --真田幸村編--」に行ってきました。初オーブでございます。

 ちなみに。BASARAの意味をウィキで調べると、サンスクリット語で「vajra = 金剛石(ダイヤモンド)」を意味するそうです。「日本の中世、南北朝時代の流行語で身分秩序を無視して公家や天皇といった時の権威を軽んじて反撥し、奢侈な振る舞いや粋で華美な服装を好む美意識」とあります。アルファベットにすると、粋ですね。

 ご一緒したのは明日海りおファンのTさん(アラサー美人)と親友のAちゃん。明日千秋楽というときに書いていたのでは全くブログの意味がないのですが(笑)、“花っていいじゃない!”と思った好きな舞台だったので、備忘録として振り返ってみたいと思います。

 この舞台、S席がとれなくてA席だったのですが、オーブは段差があるので舞台はよく見えました。それで、見下ろしてまず目に付いたのが「オケがない」こと。四半世紀も見てきて、オケなしのヅカの舞台は初めてです。

 Tさん曰く、「宝塚劇場でできることが出来ず、できないことが出来るのが『戦国BASARA』の面白いところ」だそうな。それを現代的な星や宙じゃなく、伝統を大切にしてきた花でやるところが面白いですね。

 スクリーン映像が多用されている演出は「出来ること」の一つでしょう。冒頭、ゲームにないキャラクターで、蘭乃はな演じるいのりが真田幸村に救われるシーンがあるのですが、馬に乗ってくる幸村は映像で表現されます。

 その後も明日海りお演じる上杉謙信と忍びのかすが(桜咲彩花)が愛を歌い上げるシーンでベルサイユのバラみたいなピンクの薔薇の映像がどーんと出てきたりします(観客席から笑いが起こる)。

 既に一度見ているAちゃんから「時代劇だと思ってみちゃ駄目!」と念を押されていたのですが、舞台が進行するにつれ、その意味がわかってきます。

 そもそも、ストーリーは史実とかなり違います。真田幸村(蘭寿とむ)、上杉謙信(明日海りお)、武田信玄(花形ひかる)、猿飛佐助(望海風斗)、伊達政宗(春風弥里)、山本勘助(高翔みず希)と時代劇でおなじみの人物が登場するのですが、なぜか武田信玄の後継者は真田幸村になっています。妻女山で勘助が謙信に手を読まれて武田が敗れるエピソードはちゃんと出てくるんですけどね。

 伊達政宗は“Ijust wait”とか、英語まじりのセリフを話すし、刀を6本使って幸村と対決するシーンがあって、ここも「有り得ない」って感じて笑いが巻き起こります。

 上杉謙信はかなりフェミニンでエキセントリックなキャラでしたね。でも、明日海さんにはよく似合って美しかったし、やはり歌が上手い! 余談ですが、夫がテレビで宣伝映像を見て、「AV女優みたいだな。あ、でも、歌が上手い!!」と叫んでましたっけ。

 真田幸村の言葉遣いはがヘンです。「それがし、○○でござる」っていうのが決まり文句で、これはゲームがそうなんでしょうね。へんといえば、衣装も奇抜で着物丈が短く、BASARAの精神を象徴するとこうなります、みたいな感じでした。

 花組って、宝塚の中では今どき珍しい「大人の男」が演じられる組だと思うんです。それは素敵なことですが、普通の演目をやると、地味とか暗いという誤解を与えてしまって、「復活」の入りが悪かったのはそのせいじゃなかと思うのです。ところが、「戦国BASARA」はそんなイメージを吹き飛ばすほど、明るくてユーモラスでした。衣装も原色に違い色が多くて、華やかでしたし。

 特筆すべきは、花に移籍した明日海りおさんが伸び伸び遠慮なく演じていたこと。

 花は男役の層が篤くて、歌も演技も上手い人が多んですね。トップの蘭寿さんと華形さんはかなり上級生で、重厚感すら漂う演技だし、私の花のお気に入りは春風弥里さんと望海風斗さんとですが、望海さんは同期で春風さんは1期上。2人とも口跡はいいし、歌は上手いし、安定感抜群です。

 今回、望海さんの美しいお顔が猿のお面で隠れていたのが“もったいない”と思ったのですが、雇い主の真田幸村にズケズケ進言する佐助は出番も多くて儲け役。同期の明日海さんが2番手で入ったと言っても、望海さんの存在感は強烈でした。

 月組時代は準トップという微妙な立場でやたらと役替わりが多く、お茶会でも「セリフを覚えるのが精一杯」と語っていたみりおさんですが、2番手とはいえ、自分が頑張って引っ張らなくちゃという環境ではありません。月組っ子の明日海さんの移籍はご本人にもショックだったと思いますが、結果としてはよい方へ出たように思います。

 最後に娘役について。今回、いのりというキャラクターを作るということで、それが上手くはまらないのではないかと危惧していたのですが、どうしてどうして、蘭乃はなさんにぴったりで、今まで見た役の中で一番のびのびと演じていました。オーシャンズのテスもよかったですけど、この人は1作ごとに成長しています。黄金色のミニスカートみたいな衣装がとっても可愛かった。
 
 それから、かすが役の桜咲彩花さん。猿飛佐助の幼馴染で、佐助はかすがが好きなのに、かすがは一途に上杉謙信を慕い、忍びとして活躍するという男勝りの役。これがとももよくて、こんなにいい娘役がいたのかとびっくりしました。

 オーシャンズ11で大のお気に入りになった大河凛さんの歌がないのは残念でしたが、花組は見れば見るほどよさがわかってくる「スルメのような組」ですね。「戦国BASARA」で花組の魅力を再認識させてくれました。

 「おのれナポレオン」を見る
2013年05月05日 (日) | 編集 |
ナポレオン 

ブログのアップを2ヵ月近く怠ってしまいました。仕事やプライベートのイベントで忙殺されながらも、お芝居や映画だけはしっかり見ていたのですが、その話は別の日に譲るとして、5月4日(土)14時~、三谷幸喜作「おのれナポレオン」を池袋の芸術劇場で見てきました。GW中のうえ、出演者が豪華なので、追加席や当日席まで満席でした。

 私は友人から「追加で席がでるわよ」と教えてもらって応募したステージ上の席だったので、自分も客席から見られる立場でちょっと緊張してしまいました。それに真横から見るから、全体が見えないのではと心配だったのですが、それは杞憂で、セリフ劇を十分堪能できました。

 三谷さんは最近、歴史を題材にした劇をよく書かれていますが、今回はセントヘレナ島で死去したナポレオンの死の真相に迫るミステリーです。ナポレオンの死因は胃がんというのが定説ですが、、頭髪から高濃度のヒ素が検出されたり、随分たってから掘り起こされた死体がまったく腐敗していなかったことから、以前から毒殺説が根強くあるんですね。

 奇しくも、今日、5月5日はナポレオンの命日です。その日にナポレオンについて書いているなんで、何げに肌寒いものを覚えます。

 さて、登場人物は6人。ナポレオンは野田秀樹が演じ、それを取り巻く5人の中にナポレオンを殺した犯人がいるのではないか・・・ということで、5人が各々ナポレオンと自分との関わりを告白する形で劇は進行していきます。

 5人とは、セントヘレナ島の総督で、ナポレオンを侮辱したり、ひどい扱いをしたことで知られるイギリス人ハドソン・ロウ(内野聖陽)。ちなみに、彼はナポレオンと同い年で、同じ軍人として複雑な感情を抱いていいるんですね。

 2人目はナポレオンの最後を看取り、莫大な遺産を相続したモントロン伯爵(山本耕史)。この人は子供の頃、ナポレオンに家庭教師をしてもらったことがあり、ナポレオンに憧れて軍人になったのに、ナポレオンの記憶にはまったくなくて、離婚歴のある評判の悪い妻と結婚したことで、ナポレオンからパリを追放されたという経歴の持ち主です。

 3人目はモントロンの妻でナポレオンの愛人だったアルヴィーヌ(天海祐希)で、モントロンの計略でセントヘレナ島に随行してから、ナポレオンの愛人になり、ジョセフィーヌという早世した娘まで産んでいます。
 
 4人目はナポレオンの主治医で最後に解剖したアントンマルキ(今井朋彦)。医療ミスで病状を悪化させる薬を飲ませ、死期を早めたのではないかという説があります。

 5人目はコルシカ生まれでナポレオンの侍従ルイ・マルシャン(浅利陽介)。この人は唯一、ナポレオンの忠実なお付きですね。

 告白する相手は、ナポレオンの死後、20年後に5人を訪ねてきた死因に疑問を持つセントヘレナ島出身の医学生。5人のうち出世したのは、ナポレオンの推薦状で会計検査院に勤務している元侍従のルイ・マルシャンのみで、あとの4人はみんな落ちぶれています。

 ハドソン・ロウはナポレオンを早くしなせたことで出世の道を閉ざされ、モントロンは賭博で莫大な遺産を使い果たして一文無しとなり、女にたかるジゴロに。そしてアルヴィーヌはモントロンと離婚して安酒場の女主人に収まり、アントンマルキはパリで町医者を開業していますが、大繁盛とはいきません。

 ルイ・マルシャンを除く4人は、各々ナポレオンを憎むにせよ愛するにせよ、ナポレオンを殺すに足りる動機があることが徐々にわかってきます。ですが、芥川龍之介の「藪の中」のように、箱が幾重にも重なっている感じで、なかなかどこが底なのか見えないのです。そして、最後のドンデン返しがあり、結局、4人が4人とも、名誉の死を遂げたかったナポレオンに「チェスの駒」のように使われていることがわかります。

 そう、この劇ではナポレオンが大好きで得意だったチェスが重要な役割を果たすのです。
ナポレオンは数学が大好きで得意だったのようで、やはり数学の強い人はチェスも強いのですね。

 よくできた劇で面白かったのですが、個人的に違和感が残ったのは、野田秀樹のナポレオンです。まず、セリフがよく聞き取れないところが随所にありました。私はステージ上の数メートル先に役者さんがいる席で見ているわけです。それなのに、セリフが聞きづらいというのは、舞台俳優としての素養にクエスチョンが付いてしまいます。野田さんがすごく肉体の鍛錬を重要視されているのを知っているだけになおさらです。

 プログラムによると、三谷さんは野田さんが出てくれるのなら、ナポレオンがいい、野田さんにぴったりだと思ったそうです。確かに、小柄なところ、エキセントリックなところは、柄にあっているかもしれません。ですが、声にしろ話し方にしろ、敵兵さえ演説で味方につけてしまう天才ナポレオンとはイメージがかけ離れています。デフォルメされているとはいえ、チェスの名人には見えても、軍神には見えないのです。他の5人はみな適役だっただけに、中心に立つ役者が最適と思えないのは残念でした(戯曲家・演出家としての野田秀樹氏について語っているわけではありません)。

 他の役者さんはいずれも上手い方ばかりで、期待を裏切らない出来でした。その中で想定外で面白いと思ったのは、山本耕二のモントロンです。ハドソン・ロウが舞台「モーツァルト」のアントニオ・ サリエリだとすれば、モントロンは中途半端な放蕩者で、グレーな人物なんですね。妻のアルヴィーヌのように本気で「皇帝陛下」を愛しているわけでもなく、遺産目当てでも、自ら手にかけるほど悪人にもなり切れない。没落したナポレオンだけれども、そのナポレオンにも勝ち切れないという自分自身に対する苛立ちのようなものが、よく出ていたように思います。時代劇にヒーローの山本さんは抜群にカッコいいのですが、いろいろな引き出しのある役者さんなのですね。

 歴史劇というのは、わかったつもりで勘違いしていたことがわかるのもいいですね。
お恥ずかしいことですが、私はセントヘレナ島はヨーロッパにある島かと思っていたのですが、実はアフリカ大陸とブラジルの中間にある島で、地図で見るとパリよりケープ・タウンの方が近そうです。あんなところで死ぬというのは、ニューギニアで戦死した日本兵みたいな気分だったのかもと、ちょっとナポレオンに同情してしまいました。もっとも、彼はフランス国民約200万人を戦いで戦死させ、フランスの人口を長らく減少させたと言われていますから、ベッドで死ねただけ運がよかったとも言えるでしょうが。

 それと、日本人は島流しというと、歌舞伎の俊寛みたいにみじめな暮らしを連想しがちですが、ナポレオンは36も部屋のある元副知事の屋敷に大勢の随行者と一緒に住んでいて、毎週土曜日にパーティまでやっていたんですね。そういうところも、ヨーロッパの豊かさを痛感してしまいます。

 最後に、劇とは関係ありませんが、東京芸術劇場のプレイハウスは834席しかなくて、お芝居を見るにはちょうどよい空間だと改めて思いました。内装も中世の劇場みたいで素敵ですしね。いつも2000人位入る劇場で見ることが多いので、オペラグラスのいらない劇場はいいなと思いました。
 建物内にレストランやカフェもたくさんあって、今日は2Fのイタリアン「アル テアトロ」でゆったりランチをいただくことができ、お天気もよかったし、優雅な大満足の1日でした。


 「ベルサイユのばら --オスカルとアンドレ編--」(月組) を見る
2013年03月02日 (土) | 編集 |
ベルバラ

 3月1日、明日海りおさんの大ファンのお嬢さんにご尽力いただき、前から4番目という奇跡のようなよいお席で、四半世紀ぶりにベルサイユのばらを見ることができました。

 私にとってベルバラは、大ファンだった安奈淳さんのオスカルと榛名由梨さんのアンドレというコンビが永遠不滅の絶対的な存在で、実際に見るまでは、「昔何十回も見てるしなァ」という演目だったのです(プレミアチケットなのにゴメンナサイ)。ところが、「ごらんなさい♪ ごらんなさい♪ ベルサイユのバァ~アァ~ラァ~♪」と小公子・小公女が登場して歌いだすと、瞬く間に夢の世界へ。あっという間の2時間半でした。恐るべし宝塚、恐るべきベルバラ!!

 まずビックリしたのは、前半の脚本が昔と全く変わっていることでしたマリー・アントワネットが出て来ないのはブログを読んで知っていましたが、衛兵隊の隊員が貧しさゆえに銃や剣を売っていたり、全員が栄養失調にかかっていたりというエピソードが登場し、「パリの庶民の生活」が丁寧に描かれているのです昔は宮殿でのアントワネットとのやりとりや、フェルゼンに会いに女装して舞踏会に行くシーンなどがあったのですが、それらはカット。今の脚本は共産党推薦バージョンみたいで、原作に忠実とはいえ、やや違和感があったのですが、衛兵隊の荒くれ者・アランの星条海斗さんの演技が余りにも素晴らしいので、「これでよし!」と朝令暮改(笑)。

 もう一つ、「女のクセに」とか「化粧をしてどうこうしたら貴婦人のように美しくなるだろう」とか、セクハラまがいの発言がやたら多くなっていて、ちょっとひっかかりました。例えば、テニスのシャラポワみたいに180センチ位あって、筋肉隆々で剣の腕もたつ女性が上官だったら、そんなこと言わないと思うんですよね。実際、オスカルはアランより強いわけだから。

 とはいえ、そんなことが些細に思えるほど、夢いっぱいの、思いっきり楽しいベルばらでした。星組だと上背があって男性的なスターさんが多いので、例えば柚希さんがオスカルをやったりすると、アンドレが守らなくても十分強いオスカルになりそうな気がするんですよね(笑)。その意味では、中性的なタイプの多い月組はベルバラに向いてますね。以下に配役別の感想を述べて見ると・・・。

オスカル(龍真咲)
 私は彼女のファンではないのですが、一言でいって、すごくよかった! 「あ、やっぱりトップになるだけある」と感心するほど、抜群の安定感でした。女っぽすぎず、男にも見えず、ちょうど男と女のバランスがいいんですよね。口跡もよくて、やや早口だけど、軽やかで現代的な、魅力あるオスカルでした。テレビ中継で何人かのオスカルを見てきたけど、個人的には安奈オスカルに匹敵する高得点です。

アンドレ(明日海りお)
 オスカルの方が合うと思ってましたが、意外に黒髪のアンドレも似合ってました。
 プロローグで頭につけていたワイヤレスマイクが落ちるというアクシデントはありましたが、少しも慌てず(内心は焦ったと思うけど)、袖から普通のマイクをとってきて、カラオケ状態で乗り切るという冷静さに、なんとなくトップも間近かの貫禄のようなものを感じてしまいました。 素顔はフェミニンだけど、演技力のある人なので、意外と敵役とかアンドレのようなちょっと男くささを出した役の方が見ていて面白いんですよね。幅が広がっているので、もっといろいろな役を見てみたいと思わせるアンドレでした。

ロザリー(愛希れいか)
 娘役トップだけど、夫のベルナール役の美弥るりかさんといつも一緒のれいかちゃん。プロローグとショーで綺麗なドレスは着ているけれど、貧しい平民の役だし、出番も無理やり作った感があって、ちょっと気の毒でした。特に、最後の夜にジャルジェ家に忍び込んでいく場面は必要なかったと思います。完全なお邪魔虫ですよね。でも、キャラ的にアントワネット向きではないから、役には合っていましたね。若いのに歌がどんどん上手くなっていて、今の娘役の中では歌はトップレベルかも。Me And My Girlが楽しみですね。

アラン(星条海斗)

 いやぁー、冒頭でも述べましたが、星条さんは本当に芝居心のある人ですね。この演目の殊勲賞はこの人でしょう。お芝居をしてるんじゃなくて、その人に成りきっているのは、この人ただ一人じゃないかと思ったほど、アランの迫力はすごかったです。オスカルがアランに襲われそうな感じで、前の方で見ていて怖かったですもん。こんな逸材を、ロミジュリまで埋もれさせていたのは歌劇団の罪ですね。

ジェローデル(珠城りょう)
 上背があって、品があって、ひたすらカッコいいジェローデルでした。バウ主演も決まっているし、スターのオーラがありましたねぇ。フェルゼンよりカッコいいので、話の辻褄が合わないのですが、それは珠城さんの責任ではありません。

ベルナール(美弥るりか)
 低音の声がいい人なので、革命の闘士の力強さが出ていて、キャラ的には合っていてよかったと思います。歌もすごくお上手になった気がします。フィナーレで最初に飛び出してきたのが美弥るりさんと愛希れいかさんで、可愛くてお似合いでした。銀橋を歌いながら渡る姿が板についてきましたね。

ブイエ将軍(越乃リュウ)
 敵役ですけど、組長・越乃さんのブイエは上背があって堂々としていて、魅力的でした。憎々しくいじめないと、オスカルの苦しさが出てこないわけですが、その大役を立派に果たされていて、得難いジェンヌさんだと思います。この方、十分色気があって容姿も魅力があるので、いつか二枚目の色男をやって欲しいですね。

ジャルジェ夫人(花瀬みずか)
 今公演で退団される副組長の花瀬みずかさん。美しく、気品があり、フィナーレでエトワールをされていたほど歌もお上手。壇れいさんが娘役トップの時代、新人公演のヒロインを何度もつとめたほど、将来を嘱望されていました。ジャルジェ夫人というオスカルのお母さんの役をやっていてさえ、トップになってもおかしくない容姿と実力の人だったのにと、退団が惜しまれてなりません。どうかお幸せに。

マロン・グラッセ(憧花ゆりの)
 目立たないようで、実は場面を占める重要な役なのですが、憧花さんは役には若すぎた気がします。演技が弱いというか、お祖母さんに見えない。他のキャストがよかったので、ちょっと気になりました。

フェルゼン(紫門ゆりや)
 本来、フェルゼン編ができるほど重要な役のはずなのに、なぜか1場面しか出てこないフェルゼン。そのせいか、服装も地味で、セリフも「最後に友を失った」みたいな残念さで去ってしまいます。ロミジュリでパリス伯爵を素敵に演じていた紫門さんには余りに気の毒な役。フェルゼンはオスカルほどの女性が恋焦がれる男性なのだから、昔のバージョンのように、舞踏会でオスカルが女装して行くシーンを出すとか、もうちょっと二人の関係性を描くか、そうでないなら、出さない方がよかったのではないでしょうか。繰り返しますが、そう見えたのは紫門さんの演技力のせいではなく、脚本の問題です。

 昔はガラスの馬車は2階まで上がりませんでしたが、いまは天空を駆けて2階席の目の昇っていく趣向になっているので、豪華だなアと見とれてしまいました。

 宝塚初見の人に「何が見たい?」と訊くと、決まって「ベルバラ」と答えます。私は「どうしてロミオとジュリエットじゃダメなんだ!」と内心不満だったのですが、今日の公演を見て、仕方ないと得心しました。天に召された恋人が銀河からガラスの馬車に乗って迎えに来るなんて、宝塚以外、ありえない演出ですものね。

 長尺の原作を無理やり2時間半に仕立てているので、不自然なところや、おかしな演出も随所にあるのだけれど、それをネジふせる魅力がベルバラにはあるのです。初演を見ている人間としては、歌舞伎18番のように宝塚の宝に育ったベルバラを見て、感無量でした。できれば、明日海オスカルも見てみたいなあ、なんて考えています。


 紅ゆずるさんお茶会 at ホテルニューオータニ
2013年01月27日 (日) | 編集 |
昨日、紅ゆずるさん(さゆみさん)のお茶会に行ってきました。
生まれて初めてのお茶会です。会場はホテルニューオータニの芙蓉の間。シアター形式なら1400人も入る宴会場なので、お茶会といっても椅子が並んでいるだけかなと思っていたら、ぎっしり丸テーブルが並んでいました。アイスティーとケーキも既にテーブルの上に。

驚いたのはオペラグラスを持った参加者がたくさんいたことです。私の席はセンターの後だったので、さゆみさんのステージからそれほど距離はなかったのですが、端の方に割り振られた方たちは、確かにオペラグラスが必要なくらいの距離だったでしょう。クロークにコートを預ける時に、「700人いらっしゃいますから、出すのに15分はかかりますがいいですか?」と念を押されたので、出席者は700人近くいたようです。

一緒に行く予定だった親友はお嬢さんの受験で都合がつかず、一人参加で心細かったのですが、ファンクラブの方でちゃんと配慮して下さって、同じテーブルは初参加の人ばかりで、年代もほぼ同じ。昔安奈淳さんのファンだったという方がお隣で、「私もです~」と意気投合で楽しくお話できました。

前置きが長くなりましたが、ほぼ20時にスタートしたお茶会のプログラムはこんな感じです。

 さゆみさん入場
 乾杯 ご挨拶
 トークコーナー
 握手タイム
 抽選会
 さゆみさんへのプレゼント
 さゆみさんのご挨拶
 さゆみさん退場


以下は、残念ながら参加できなかった方たちと自分の備忘録のために書くので、少々長いですが、お付き合い下さい。

2回公演を終えて、さゆみさんが到着したのが20時位。スポットライトを浴び、会場から割れんばかりの拍手を浴びて、会場正面にしつらえたステージにあがります。さゆみさんはベージュのパンツスーツにフリルのついた白いブラウスという出で立ち。ジャケットの裾はフリルがついたようなデザインで華やかさもあって素敵でした。

最初のトークコーナーでは今月の舞台について司会者からの質問に答えていましたが、とにかく3本立てはすごく大変で、いまだに慣れないとのこと。「宝塚ジャポニズム」と「めぐり会いは再び2nd」との間に休憩が10分しかなく、白塗りのお化粧を完全に落とす時間がないそうです。蜷川幸雄さんなら休憩を25分にして4時間上演しそうな演目ですが、宝塚は上演時間厳守ですから、そのしわ寄せは生徒さんに出てしまうんですね。

お化粧といえば、和物のお化粧は歌舞伎の七之助さんに習ったそうです。女性誌で対談されてましたね。素顔も七之助さんに似ていますが、「『秋の踊り』の時のお化粧はひどかった。今月は歌舞伎を見る人から舞台も七之助さんに似ていると言われます。あの方お綺麗じゃないですか。だから・・・(笑)」と。確かにファンだから言うわけではありませんが、スターさんの中でさゆみさんは白塗りが一番似合っていたように思います。

次の握手タイムでは、驚いたことに全員と握手して下さいました。正直、「え、こんなにいるのに、ホントにやるの?」と思いましたが、テーブルごとに後ろに立って、次から次へ。間近に見るさゆみさんは長身・スリムで足がおそろしく長く、肌がお綺麗で、スターのオーラ満開でした。選び抜かれた生徒さんの中から更に選び抜かれてスターになる人は、一般の人間とは別次元にいるのだと実感。お金を払っても見たいと思う麗しさです。

さて、今回のお茶会の最大のサプライズが何かと言えば、ゲストに元星組娘役スターの白華れみさんが登場したことです。ミッキーとミニーのぬいぐるみを抱えたベレー帽姿のれみさんが姿を現すと、会場から割れんばかりの拍手です。

白華さんは音楽学校でさゆみさんの1期後輩。予科時代、さゆみさんは憧れの本科生で熱烈なラブレターを書いて渡したこともあったそうです。学園祭の写真を販売しているが、普通は自分の世話役になっている本科生の写真しか買わないのに、れみさんはさゆみさんの写真を買っていたほど大好きだったそうです。「予科では1日28時間泣いていましたが、さゆみさんは本当に優しかった」とれみさん。

月組から星組に移って、「リラの壁の因人たち」「ノバ・ボサ・ノバ」「めぐり会いは再び」「愛と青春の旅だち」と、二人は恋人同士を何度も演じてますね。めでたく結ばれたのは「めぐり会いは再び」くらいだけど、「この二人のコンビが好きだという人は多かったんですよ」とさゆみさん。最後に「Me and My Girl」をデュエットしてくれました。れみさんの歌声を聴いていると、改めて歌・踊り・演技と三拍子揃ったいい娘役さんだったなと退団が惜しまれます。これからも舞台で活躍して欲しいですね。

プログラムには書かれていませんでしたが、この後、ファンからさゆみさんへの質問コーナーもありました。「街中でもどこでも『紅』という文字を見かけたらドキドキしてしまいます。どうしたらいいですか?」という可愛いものから、「紅さんが好きで、男の人に興味が持てません」というものまで。さゆみさんは「私もファンの時代があるから気持ちはわかるけど、それはそれ、これはこれ。(ちゃんと男の人と付き合わないと)後悔するよ」とユーモアたっぷりの回答。さゆみさんはどんな質問にも、自分がファンだったときの気持ちを忘れずに答えてくれるので、物言いがストレートなのに温かみがあるんですね。

その後、会からさゆみさんへのプレゼントが手渡され、箱が「やけに大きいな」と思ったら、プレゼントはブルーレイプレイヤーでした。最近劇団からブルーレイのDVDを渡される時があるけど、見られなかったので嬉しい。だけど、接続できるかなとおっしゃっていました。このプレゼントはさゆみさんからのリクエストだったようです。

同じテーブルで他のスターさんのファンクラブに入会されている方が「お茶会は1時間ちょっと」と伺っていたので、2回公演も終えてくるのだから、短くて当たりまえと思っていましたが、その時点で既に1時間半位経過していたように思います。さすがにもう終わりだろうと思っていたら、なんともう1曲、歌のプレゼントが。

2曲目の歌の披露は「オーシャンズ11」で初めて銀橋を渡って歌った想い出の曲」「愛した日々に偽りは無い」。1度見たはずなのに、さゆみさんの歌を聴いて、「ああ、こんなにいい曲だったのか」と感動しました。再演するなら「ロミオとジュリエット」じゃなく「オーシャンズ11」にしてくれないかなと思ったくらいです。

最後はさゆみさんから今後の予定と挨拶がありました。簡単にお礼を言うだけかと思ったら、これがまた長くて面白いんです♪ 大阪弁で上手く再現できないのが残念ですが、印象に残ったコメントとしては・・・。

・台湾に行ったとき、食べるものが本当に美味しくて、特に空芯菜の炒め物ばかり頼んで柚木さんやねねちゃんに呆れられた。
・台湾の有名な女優に自分とそっくりな女優さんがいるらしく、台湾公演でスカウトされたらどうしようと台湾での記者会見に同行した理事に話してしまった。変な奴だと思われているだろう。
・ニューオータニでお茶会ができるようになって嬉しい。10年前にこんな自分は想像できなかった。
・寒い時に入り待ち、出待ちをしてもらってありがたい。なるべく早く出るようにしている。テンションの低い時もあるが、それは照れくさいからそう見えるだけなので、誤解しないで欲しい。
・友だちに誘われて、初めてお茶会に参加された方もいるだろうから言っておくが、自分は本当はちゃんとした人間なのだ。

たっぷり2時間、サービス精神満点の本当に楽しいお茶会でした。会の最中、何度も会場内を歩くように構成されていましたし、抽選に当たった人、質問を読む人と、不公平感なくさゆみさんに接することができるプログラムになっていました。お世話役さんの配慮も行き届いています。疲れていたでしょうに、さゆみさんは終始笑顔でした。次の日も2回公演ですよ。宝塚のスターは心身ともに勁くないと務まりませんね。立派です。

このお茶会、1か月も前から何を着ていこうか、何を持っていくべきかなど、「自分の中で」大騒ぎをしていました。‘握手をするとき、手紙やプレゼントを渡すのが普通’といったコメントがあり、パソコンで打った文面を便箋に書き移したのですが、職業がら構成が気に入らなくて書き直したりして、‘こんなことやってる時間があったら、仕事して下さいよ!’という編集者が見ていたら激怒すること請け合いです。でも、いい年だし、一応大人の責任を背負っている今だからこそ、高校生と同レベルでウキウキするイベントがあると、リフレッシュする気がします。お隣の方も介護に明け暮れる日々だそうで、いい息抜きになったと喜んでいらっしゃいました。

服装についていえば、普段着のようなカジュアルな人から着物姿まで千差万別。注目を浴びているのはさゆみさんだけですから。私は奮発して買った黒のワンピースにしました。貧乏根性ですが、仕事にも使えそうな黒にしたんです。開演ギリギリに駆け込んだのですが、ちょうど高円宮憲仁親王妃久子様が廊下をお通りになるところに出くわしました。一流ホテルですから、常識の範囲内できちんとということでしょうか。

握手するとき手紙とプレゼントは常識というような書き込みもありましたが、冒頭に書いた通り、受付に渡すので、なくても差し支えありませんでした。とはいっても、プレゼントはともかく、スターさんも疲れたときや苦しいときに、ファンが書いた直筆の手紙には励まされるんじゃないかな、と思うんですよね。私のように無名のライターでも、自分の記事を読んだという人に会うと、すごく嬉しいですから。というわけで、自分の手紙もいつかきっと読んでくれるに違いないという幸せな妄想に浸りつつ、家路についた私でした。

お世話役のみなさま、お茶会の企画・運営、本当にご苦労さまでした 謝謝\(^o^)/





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