観劇・映画・ドラマ、ボルダリング、シーカヤック、健康法など、好きなこと、実践していること、興味のあることを徒然なるままに書いてみようと思います。
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 R.S.Booksで買った『格闘する者に〇(まる)』を読了
2012年05月29日 (火) | 編集 |
 
格闘する者に○

 人と同じように、本には出逢いというものがある。いくら人に薦められても、なんとなく縁がなくて通りすぎていたのに、時の流れで邂逅するというような・・・。私にとって、三浦しをんというのはそういう作家だった。

 親友とその家族は随分前からお気に入りで、『風が強く吹いている』に感動して映画まで見に行き、その映画にさらに感動を深くして帰ってきたようだが、なにしろ私は駅伝のどこが面白いのかさっぱりわからない(命を懸けている方、ごめんなさい)ためスルーしてしまい、文楽を舞台にしたという『仏果を得ず』が出たときは、タイトルが秀逸だし、興味のある世界だから読みたいと思いつつ、なんとなくそのままになっていた。

 そして、運命の5月25日、遂に私はしをん嬢に、八重洲地下街の古書店「R.S.Books」の本棚でめぐり逢ったのであった(オーバーですね、ハイ)。金欠なのに本を見ると衝動買いがやめられず、魅力的な書棚の誘惑に勝てずに一度に9冊購入。そのうちの2冊がしそん嬢の作品、『格闘する者に〇(まる)』と『仏果を得ず』であった。

 2000年に出版されたデビュー『格闘する者に〇(まる)』はすごく読みやすくて2日で読了。ファンの方はみなさんご存じだと思うけれど、マンガ大好きの女子大生可南子がマンガ編集者を夢見て就職活動を展開する物語である。

 74年生まれのしをんさんよりずーっと前に生まれ、雇用均等法以前に当時嫌われた4年制の女子大生として就職活動した私が一番驚いたのは、女性に開かれた職場というイメージのある出版社でも、セクハラまがいの男子学生優遇採用が実施されていたこと。

 確かに、採用関係の取材を長年やってきて、企業がワークライフバランスとか言って、女性社員の出産・子育てを支援し始めたのは、この4、5年のことだ。ほんとに日本って、おカミがこうしろと号令をかけ、周りがやりだすと一斉に舵を切るんだな。そういう意味では、共産主義顔負けという気がする。

 ジャンルから言うとユーモア小説というべきか。「平服で」と言われてデパートの面接に豹柄のブーツで行くエピソードなど笑ってしまうし、華やかな容姿でいつも男にモテモテの砂子と博学でゲイの仁木君という親友二人のキャラクターも魅力的なのだが、ラストはちょっと淋しさが漂う。最後はおじいさんの書道家で足フェチの恋人西園寺さんが中国へ旅立ち、集A社や丸川書店も面接までいったのに落とされて、一人で社会に立ち向かわねばならないことが暗示されているからだ。

 『格闘する者に○』というタイトルは、出版社の試験官が「該当するもの」というべきところを間違えていった言葉が使われているのだけれど、物語が進むにつれて、意味をもった言葉になっていく。会社に適応しなさそうでも、就職活動がいかに過酷でも、とにかく、後悔しないようにじたばた行動し、社会と向きって格闘することが人間として正しいんじゃないかと。
 
 う~ん、軽くて深い、面白くて淋しい。
 大学でたてでこれを書いたしそん嬢は、やはりただ者でないのであった。
 
 かくいう私は、子供がいたら就職するようなトシになって、今だに社会、仕事、家族、自分となんにでもかんにでも格闘している。大学生の頃は言うまでもなく、20代で「普通のOL」をしていた時代でも、こんな未来の自分は想像すらできなかった。

 とはいえ、取材して人と出会う、話にじっと耳を傾ける、感動する、書く、という一連の作業は、大変さはあっても楽しいし、生きていると実感させてくれるものではある。その「場」が与えられているのも、自分なりに格闘してきた結果だと思えば、人生よしとせねばなるまい。

 次回は本好き女性店員さんが運営するレトロな古書店「R.S.Books」について書きたいと思う。

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 『奇蹟の画家』 石井一男さんの人生に想うこと
2012年03月01日 (木) | 編集 |
 kiseki

大雪が降り、春めいた気候とともに3月がやってきた。ずっと更新をさぼってきたが、少し前に読み終わった本の感想をアップしてみたい。

 『奇蹟の画家』はテレビ「情熱大陸」でも紹介された孤高の画家・石井一男さんについてのノンフィクションだ。本書は石井さんだけでなく、著者である後藤正治氏の神戸との関わり(神戸夙川学院大学で教えはじめ、現在は学長)、神戸という町の文化的な来歴、石井さんを世に送り出したギャラリー島田を営む島田誠さんの人生や人柄、そして石井さんの絵を購入した人たち等々が多面的に描かれていて、人と人、人と絵の出会いの不思議さについて考えさせられる。

 特に興味深いのは、石井さんの絵が平均して10万前後のためか、購入しているのが絵画に縁のなかった「庶民」といえる人たちであることだ。ゴッホの絵は生涯に1枚しか売れなかったが、石井さんは自分の絵に癒された人たちの声を生きている間に聴くことができている。その意味で、石井さんがゴッホより幸運だったといえるだろうが、それはゴッホが弟テオに宛てた最後の手紙の最後の言葉「-----しかしきみはどうしようというのか----。」を自らに問いかけ、胸に刻んでゴッホが晩年を過ごしたパリ郊外のオーヴェールを旅したギャラリーオーナー島田誠さんとの出会いによって可能になったものだった。

 人は一人で生きているようで、やはり過去に生きてきた人々の想いの上に命を重ねていくのだと思わずにはいられない。

 『奇蹟の画家』を読んでいると、画家はなぜ絵を描くのだろうと思う。絵というのは、芸術の中でも庶民に一番縁遠い存在である。家が狭いという事情もあるが、本物の絵を求めて自宅に飾っている人は多くない。絵画が好きであっても、せいぜい展覧会に足を運び、ゴッホやセザンヌといった世界的に有名な画家の名作をガラス越しに眺めるくらいだ。

 アルバイトで生活を支えながら、創作1本で食べていきたいと願う画家の卵たち、あるいは夫とか身内とか、芸術に理解のある誰かの支援によって画家であることを許されている人たちは大勢いるが、彼らが何年かに一度開く個展に足を運ぶのは、大抵は身内か友人・知人のたぐいで、展示された絵のほとんどは、個展が終わると自宅に直行することになる。たとえ作品が売れたとしても、その絵はどこかの家の居間かなにかにずっと飾られることになるわけだが、画家が、たとえば命をかけて絵を描いていたゴッホは、本当に自分の絵がそういう運命をたどるのを望んでいたのだろうか? 本ならベストセラーにならなくても、公共の図書館でそれなりの人の目に触れることもあるが、絵の場合は美術館に展示されるような有名な画に限られるし、ゴッホは自分の作品がそうなるとは夢にも思っていたかったろう。では、なぜゴッホは、また多くの画家たちは売れるあてのない絵を描き続けるのか?

 石井一男さんの場合は、体調を崩して死のことが頭をかすめるまで、「無名のままであり続けて風化して土に還ればいい」という気持ちで描き続けたという。といっても、真剣に集中して描くようになったのは46歳からで、島田誠さんに見せた作品群は3年ほどの期間に描きためられたものだ。美大を出たわけでも、誰に習ったわけでもない作品は、まさに石井一男という人間をそのままを凝縮したものだった。

 50歳まで定職につかず、結婚もせず、物も持たず、一月数万円で静かに慎ましく暮してきた。その間、日本は高度経済成長を続け、バブルの時期もあったのに、石井さんは一人で修道院にこもるような生活をごく自然に続けてきた。その欲のなさ、環境に左右されない無垢な魂がそのまま描く女性(おそらく)の顔になっている。それを著者はこう述べている。
 
 人は自身と出会うに半生を費やす、その後に仕事がはじまる----という詩人の言葉がある。それに敷衍していえば、空白と沈黙の歳月も、石井一男という画家にとってはきっと必要な、また必然の時間帯であったようにも思えるのである。 

 旅やお芝居やおいしいもの、美しいものが大好きな浪費家の私にとって、石井さんの人生そのものが『奇蹟』に思われる。同時に、長年ライター稼業をしてきたにもかかわらず、人に言えるような「作品」ができないわけが身に染みてわかる気がした。絵が「描く人そのもの」なら、文もまた「書く人そのもの」なのである。結局、私を含め多くの凡人は、自分にすら出会わずに土に還っていくのかもしれない。



  


 小説『ウルフ・ホール』の描くトマス・モア像
2012年01月31日 (火) | 編集 |
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なんとブログを更新を1ヶ月以上もさぼってしまった。新年には近くの千束神社へ初詣にも行ったし、その後、御嶽神社、高麗神社と神社巡りもし、舞台を2本、映画を3本も見ているのに、である。まさに自堕落としか言いようがない。というわけで、2012年の最初のブログは、怠け者の私とは正反対の人物、ヘンリー8世時代に平民でありながら才覚一つで大法官秘書という最も権力ある地位に登りつめた人物、トマス・クロムウェルの生涯を描いた『ウルフ・ホール』からスタートしたいと思う。著者のヒラリー・マンテルはこの作品で2009年に権威あるブッカー賞を受賞している。

この小説、映画『ブーリン家の姉妹』を見た人はその舞台裏を見るようで面白い。さらに私の場合、子供時代にトマス・モアを描いた『わが命つきるとも』という1966年の映画をテレビで見たことがあって、そこで描かれているモアと『ウルフ・ホール』では全く違う人物のような印象を受けるのが、最も興味深いところだ。

トマス・モアはラテン語で書かれた『ユートピア』の作者で、離婚したいがためにカトリックを離れて国教を打ち立てたヘンリー8世に従わず、信仰を貫いて処刑された人物である。モアを主人公にした映画では、その著書ともあいまって聖人そのものに描かれているのだが、『ウルフ・ホール』では英語版やドイツ語版の聖書を隠し持っていたとか、今日からするとささいなことで「異端の徒」を捕えて拷問・火刑に処す残忍な一面をもつ人物として登場する。クロムウェルはもともと毛織商人で、モアに捕えられ、殺された仲間がいる。また、国中にある修道院の修道士の多くが、学識があるわけでも勤勉でもないのに、そこで蓄えられた富がローマのカトリックの総本山へ送られてしまうことに矛盾を感じている。だから、彼はカトリック教会から「信仰の自由」と「経済の自由」を勝ち取ろうと考え、それを実行したのだ。もちろん、発端は王妃と離婚してアン・ブーリンと結婚したい王のわがままだが、それを推進したクロムウェル自身には、また別の深い考えがあったのだ。

著者の主張が正しいなら、21世紀に生きる日本人から見ると、トマス・クロムウェルのやったことは、平清盛や織田信長に近いものがあるような気がする。当時の人々が「動かしがたい」と信じ、国や社会の重石になっていた価値観や制度を「権謀術策」と「財力」と「抜群の行動力」で改革してしまったのだから。だが、改革者がおしなべて非業の最期を遂げるように、クロムウェルも王のために働き、栄達を遂げながら、その王によって最期は斬首されてしまった。

上下巻で900ページという分厚い本だから、かなり読みでがあるのだが、冒頭の少年時代から引き込まれ、一気に読めてしまう。それはひとえに、トマス・クロムウェルというこれまで腹黒い悪者としか解釈されていなかった影の人物を、努力家で賢く教養深い、家族や郎党想いの人間的に魅力ある人物として描き切ったヒラリー・マンテルの筆の力によるものだ。だが、読みやすいかというと、そうともいえない。登場人物がやたら多いうえに、トマス、メアリ、エリザベス、リチャード等々、やたら同じ名前なので、誰が誰やら途中でわからなくなってしまう。イギリス人ならしっかり家系図が頭に入っているかもしれないが、王家の縁戚関係や誰が王位継承権を持っていて、その順番がどうなっているのかなども、やたらわかりにくい。

さらに、東洋人の感覚としては、愛人が男子を2人も産んでいるのだから、それを跡継ぎにしてどこが悪いのか、なぜ、正妻である王妃を追いやってまで、正式に結婚しなければならないのかが、間隔としてわからない。書誌がいるなら王妃の養子にでもしたらいいし、王に側室が何人もいるのは当たり前では?と平安朝の天皇家や徳川将軍家などと比較して思ってしまうのである。

この曖昧さというのは、宗教に関しても言えることだ。腹を裂いて内臓を取り出して焼くとか、異端に対する処罰は本当に残酷で血なまぐさい。十戒には「何をも殺してはならない」とあるのに、キリスト教徒同士で殺し合っていて、教えに背いていると思わないところがどうも理解できないのである。

最後にタイトルとなった『ウルフ・ホール』というのは、ヘンリー8世の3番目の妻、アン・ブーリンが処刑された後で王妃になったジェーン・シーモアの実家であったシーモア家の居城のことである。確かにトマス・クロムウェルはアンの侍女だったジェーン・シーモアに関心を抱きはしたのだが、それがタイトルになるほどの強いものだったのかどうか、私には読み取れなかった。よって、私的にはどうもタイトルがしっくりこなくて、単純に『トマス・クロムウェル』でもよかったような気がするのだが、解説によると『ウルフ・ホール』とは近親相姦と権謀術策がうごめく狼の巣窟のような宮廷そのものを示唆しているらしい。



 片山洋次郎さんにガッテン
2011年09月09日 (金) | 編集 |
book_kotsuban

今では考えられないが、たくさんの仕事を抱えてフル回転していた時期があった。

いつもモーターが回りっぱなしみたいな状態で、しばらくすると、昼日中にものすごい眠気に襲われるようになった。ナルコレプシーのように会議中に眠ってしまうほどではないけれど、お腹の中から手が2本でてきて、底なし沼に引きずりこまれるような眠気・・・。

睡眠不足のわけではない。元来、7時間は眠らないと頭が回らないたちで、睡眠はとるようにしていた。

それなのに、眠い。

何か原因があるに違いないと、レディスクリニックや心療内科、慢性疲労症候群で有名な医師のところまで訪ね歩いたが、「眠れすぎる」という患者に医師は冷たく、全く相手にされないか、見当違いの診断を下されるだけだった。

そんなとき手にしたのが、整体師・片山洋次郎さんの本『骨盤にきく』『整体から見る気と身体』だった。

読んで、救われた気がした。

『骨盤にきく』の中に、毎日仕事中に激しい眠気に襲われて我慢できない状態になったある五十代の男性の話があった。診察したところ、ちょうど骨盤が拡がりきっていて、あと一年半ほどで回復するのではないかという予測を立てたら、結果としてちょうどそのころに治ってしまったという。

身体の変動期というのは、二年というのが一つの単位らしい。その時期、最初に骨盤がゆるんだときにしっかり休ませないと、次の変動期までずるずると体調の悪さをひきずってしまうらしい。骨盤はゆるみきらせてはじめて、次の力がでるのだ。

それを読んではじめて、「ああ、私はいま身体の変動期にいるんだな。要するに、トシってことだ」と納得した。

片山さんのすごさは、健康について解説してるだけでなく、それが生き方とか文明論になっているところだ。
たとえば、休むということについて、彼はこう言っている。

「休めるというのが一番積極的なんです。」

「実際には、一人の人間が休むということは、周りの人間がそれだけ何かしなきゃいけないということで、そういう意味で大変です。

休むというのは、消極的じゃなくて、積極的にやらないとできません。」


思わず「うん、うん」と頷いてしまった。

というのも、14年前に検査で慢性B型肝炎であることが発覚したとき、その場で入院を勧められたのだが、家庭の事情があって休めなかったからだ。休むという行為は、周囲の人間、特に家族に余裕がないと出来ないものなのだ。

リーマンショック以降、あんなに忙しい時期があったのが嘘のように仕事が減ってしまった。二年余りも積極的に休んだせいか(韓ドラを見てて、昼寝してるだけという噂もあるが)、いつの間にか、あの猛烈な眠気は消えていた。

休むということだけでなく、「自立」ということに対しても、片山さんの考え方は世間一般とはかなり違う。
頑張って何かをやっている人が、精神的に自立しているかというと、そうともいえないというのだ。

「何かを頑張ってやるということは、人に評価されたいためかもしれないわけです。
それは、決して自立しているわけではなくて、人に頼っているわけですね。」


人の評価は気まぐれだから、「人気」に依存しているスターはいつも不安で、突然命を絶ってしまったりする。誰々が自殺したというニュースを聞くたびに、片山さんの言葉を思い出す。

慢性B型肝炎は落ち着いているけれど、完治したわけではないから、肝機能の数値がアップダウンしていたころは、基準値をオーバーするたびに、足元で地面が揺れるような感覚を味わっていたものだ。健康でないということが、こんなに心を不安にするものなのかと、その事実にショックを受けた。

その体験があるから、片山さんの言葉がすっと心に入るのだ。

「真の自信というのは、自分の内側から湧き上がるものです。」

「骨盤の動きに弾力があって深い呼吸ができてはじめて、身体の内側から満ち足りた感覚が生まれます。

 自分が十全に力を出しきることができるという確信は、勝手に根拠なく身体から湧いてくるものです。

 その揺るぎない感覚に基づいて、「いま・ここ」に集中して生きる。

 内なる身体感覚に従って生きることのみが、“自信”の根拠なのです。」


ありがとう、片山さん。
あなたの言葉に押されて、一生分、休めました。


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